『追い込む』 と 『走り込む』 | 酒井根走遊会のページ
『追い込む』 と 『走り込む』

酒井根走遊会オセアニア支部からの更新です。

今回は『追い込む』と『走り込む』ということについて記していきたいと思います。
みなさんはこの『追い込む』と『走り込む』
の違いを具体的にトレーニングの目的に対してとらえることができているでしょうか。

まずは『追い込む』について

『追い込む』練習の狙いは、有機的・無機的代謝機能における負荷・刺激を最大限に体にかける練習です。
いわゆるインターバルと呼ばれる練習がこれにあたります。
この練習では、2分以上5分以内の疾走で努力感が100%に至る練習となります。
2分以下の疾走時間を定めた場合には、休息時間を疾走時間と同じもしくは短く設定することによって、両代謝機能が働き続ける状態を本数を重ねるごとに維持・向上させていく必要があります。
① 2分30秒~5分以内の疾走時間を定めた場合には、狙った効果は1本ごとに得られます。
② 2分以下の場合には、4,5本目~狙った効果が得られ、8,10本目でピークに至ります。
『追い込む』とは①,②に対する効果を練習の中で確実・最大限に発揮している状態を言います。


次に『走り込む』について

『走り込む』練習の狙いは、長距離走における遅筋繊維への負荷・刺激を最大限に体にかける練習です。
いわゆる距離走と呼ばれる練習がこれにあたります。
この練習では、最大心拍数の65~75%あたりの範囲で練習することになります。
遅筋繊維を最大限に動員しての疾走に必要な距離は60分以上レース距離を対象とするので、一回の練習で休息を入れずに60分以上の距離を設定することが必要です。
『走り込む』練習は主にハーフマラソン・マラソンでの後半の失速を回避するために遅筋繊維を最大限に刺激する練習です。

ここからが今回のブログの本題になります。
練習計画を決定するにあたってこの二つ『追い込む』と『走り込む』を混ぜないことです。
『混ぜる』とはどういうことでしょうか。

『追い込む』を狙った時によく陥りやすい状況

距離を踏む練習をする→疲労する→疲労した状態∔インターバル=追い込む
インターバル→疲労する→回復していない∔インターバル=追い込む

と考えて練習計画を決定・実施していることがよくみられます。

この計画においては、前回、前々回のブログで記したように、インターバルにおける練習の効果が得られない状況に陥ります。ある程度疲労した状態でインターバルを行うことで、『脚・心肺系に負荷をかける』と考えているランナーが多くいるように思いますが、これは狙った効果からは大きく外れるだけでなく、故障等のリスクを大きく高めるものであるために注意もしくはなるべく避ける練習計画です。


『走り込む』を狙った時によく陥りやすい状況

インターバルで距離を踏む=走り込む
距離を踏む→疲労する→疲労した状態∔距離を踏む→疲労する=走り込む

と考えて練習計画を決定・実施していることがよくみられます。

この計画においては、練習の狙いを理解していないことが考えられます。
インターバルは距離を踏むためのものではないので、5㎞×4や5㎞×5をハーフマラソンやマラソンのペースで行ってもあまり効果は期待できず、また5000mや10000mのペースで合計20㎞以上も走ることはおそらく不可能です。2000mや3000mを合計20㎞以上になるように繰り返すこともインターバルとしての効果に対してはあまり期待できません。このレベルでは有機的・無機的代謝機能はあまり働かないためです。遅筋繊維に対しての負荷は十分にありますが、一度にかける負荷が高負荷すぎるために効果よりも、故障するリスクが高いことが問題です。高負荷であるために回復させる計画を十分に検討すべきであり、何度も行える練習ではありません。レースが近づくにあたって、定期的もしくは最終的なプレレースとして取り入れるように設定することが必要です。つまりマラソンやハーフマラソンのためのレペティション(マラソンペース・ハーフマラソンでのランニングフォームの定着)という位置づけが必要です。
距離走を行い、さらに距離走を行う、遅筋繊維を刺激し続けるだけでは速くは走れません。レースで勝つためにはスピードが必要です。遅筋繊維を刺激し続ける練習では、ある程度のレベルからタイムを向上させることは難しくなります。



『追い込みすぎる』と『走り込みすぎる』

『追い込みすぎる』とは5分以下のインターバルを繰り返しすぎることを言います。
[ランニングフォーミュラで用いられるVDOTの範囲のペースで設定以上の本数]
をこなした時にこの表現が正しくあらわされていると思います。

しかし基本的に、この本を参考にした時のハイストレスワークは、適切なレベルで練習を行っていると本数を増やすことは難しいです。
つまり[現在の設定ペースが遅い]
ので、設定の本数内で終えることのできるペースを再設定する必要があります。

『追い込みすぎる』練習は本来、非常の調子の良いときのみ現れるものであり、ランニングキャリアにおいて数回程度しか訪れない時期だと思います。

『走り込みすぎる』とは低速で距離を踏みすぎて、オーバーワークになった状態を指します。この状況がしばしばおこることは、前回・前々回のブログで解説しましたので今回は省略します。

ここで述べたいことは、『追い込みすぎる』『走り込みすぎる』ということを確実に理解して、練習内容と自身の体をコントロールすることが重要ということです。



練習計画の違い

ランニングタイプということを前回のブログで記しました。
すべてのランナーは別々のランニングタイプを持っていますが、それは筋繊維や骨格、心肺機能等、様々な要因によって分かれます。
日本人には日本人に適した練習や走り方、慣習となっている練習方法があり、また海外でも各国によってその国の慣習となっている練習方法が存在します。
オーストラリアでは特にインターバルセッションとレペティションを週に1回づつ行い、月に2回ほどロングランに行きます。

月 3-40’EASY∔ST
火 800×3、600×4、400×5 (800m疾走時間と休息はほぼ同じ時間)=I∔R
水 3-40’EASY∔ST
木 400×5-10(疾走時間-15”休息時間),もしくはテンポ30’=IorT
金 3-40’EASY∔ST
土 レース もしくは 練習レース、テンポ(10000mベスト∔約2~3’)
日 ロングラン=120’EASY=L

ニュージーランドでは特にレペティションもしくはインターバルとテンポを週に一回づつ行い、毎週1回ロングランを行います。

月 4-50’EASY+ST
火 300m×⒑ (300m90-100%、疾走時間の3倍程度の休息)=R
水 4-50’EASY+ST
木 ヒルトレーニング=I+strength
金 4-50’EASY+ST
土 800m×4(3-5000mレースペース、休息60"~90"),もしくはテンポ=IorT
日 ロングラン120’EASY=L

ほぼこのような計画をベースに各選手が練習を計画しています。800m~5000mの狙った種目でレペティションやインターバルの距離・本数が変わります。

オーストラリアの中距離の選手はロングランは行いませんが、ニュージーランドの選手はほとんどの選手が行います。

オーストラリアの選手でロングランを行う選手は体があまり大きくない選手が中心であるように感じました。おそらく体の大きい選手はロングランによる負荷が大きいのかもしれません。(ロングランを一緒に走った選手の時計は消費カロリーが3000KCALくらいでした。私は1500KCALくらいでした。同じ時計です。)

対してニュージーランドの選手は中距離の選手でも、ゆったりしたペースでロングランを週に一度行っています。ニュージーランドの選手のほうがEASYRUNがやや長めなのも、オーストラリア人に比べ骨格が小さく、体重が軽いために、やや負荷が小さく長めに走れるためであるかもしれません。

基本的に月曜日から土曜日までの走行距離は一日一回練習で8㎞~15㎞くらいです。
週間走行距離は約50㎞~120㎞、月間走行距離は200㎞~480㎞といったところです。

週の練習の中に

『追い込む』を一回

『ランニングエコノミーの改善』を一回

『筋力(ストレングス)強化』を一回

入れて練習のスタイルが繰り返されています。

この練習強度はジュニア期からシニア期に至るまであまり大きく変わりません。
ジュニア期では、多くの選手が他のスポーツを行っていることもあり、『追い込む』練習以外では、定期的に走らずに、他のスポーツの練習をしていることが一般的です。シニア期になると、距離を延ばすのではなく、毎日練習するようになり、記録が向上するといったような流れが多くみられます。ジュニア期から記録のよい選手は毎日練習しますが、距離を延ばす・本数を増やす・走る回数を増やすことはせずに、トレーニングレベルの向上のみを行います。

そしてこの中に『走り込み』がありません。

また、基本的に朝と午後の両方を毎日走っている選手はほとんどいません。
練習の狙いと効果をはっきりさせた結果が、そのような練習計画を決定させているのかもしれません。実際に朝練習の狙い、午後練習の狙いをすべて効果的に行っていくことは難しいことののかもしれません。日本の練習スタイルで朝練習・午後練習があり習慣になっているので、『行かなければ』『この距離を踏まなければ』という感覚があり行っていました。ビルの家に住んでいる時もよく『朝練習は何のために行くのか?』とよく聞かれました。

実際に効果としては、『リラックスできる』『痩せる』といったことが挙げられますが、ここで『距離を稼ぐ』ために走ると故障や疲労の蓄積につながります。
動きを改善するためだけであれば、20分(ドリル含む)程度で十分であると考えられます。
私自身の練習計画に対しての見解は、日本人であること・長長距離の練習をしてきたことによって、遅筋繊維の割合が多くなり・練習量を増やし続けてきたこと、この量と体の変化によって練習を習慣的に決定づけてきたこと、こうした要因が『距離を稼ぐ=走り込む=記録の向上』という決定事項になっていたことに気が付きます。

実際に目的と効果を追求し合理的に考えていくと、練習計画はもっとシンプルなものになることを発見できます。
故障復帰、練習の急激な増加、レース、といった流れではやるべきことは限られ、ついつい『距離』に重点を置きがちになりますが、長期的に段階を踏んでトレーニングレベルを向上させていくためには、狙ったレースに対しての無駄なものは極力減らしていくことが必要です。


体と出力、練習の違い

欧米人に比べ、日本人は小柄なことはほぼ一般的に言われることだと思います。
そうした身長差、筋肉量、体温(筋温)、筋繊維の比率等により適正種目の違いが出てしまうことは仕方のないことだと思います。

最近では、欧米系の選手で身長が高く中距離が速い選手(また最大スピードも速い選手)が5000mや10000mで結果を出している傾向にあります。彼らの練習の中に『走り込み』(距離を踏む)というものはなく、最大スピード(動き作り・ストレングス強化)、最大化スピード(レペティション・インターバル)の練習を中心に、その練習を効果的・段階的に高めていくかで、その他の練習(リカバリーやテンポ)を決定づけています。

対して日本人の小柄なランナーは、最大スピードに劣る(最大スピードがないから長距離種目を始めた)ために最大スピードと最大下スピードトレーニングを高めていくよりも、これらの練習は基本的な能力であり変わらないもの(または才能)として考え、距離を増やしていくトレーニングによって長距離走の能力を改善しようとする傾向にあります。

しかし、体格・体組成の違いでそのトレーニングから外れてしまうと、日本人はいつまでたっても短距離(最大スピード)では勝負できないということになります。
日本の短距離は世界陸上で200m3位、オリンピックで4×100mリレー3位という2000年以降での成績があり(400mHの∔技術種目も含めれば多数)、浮き沈みはあるもののトラック種目で成績を残していることは事実です。

中長距離種目に関していうと中距離(最大下スピードの持続)での世界大会への出場が難しくなっています。これは競技人口が短・長距離と比べて少ないというよりも、
最大下スピードを高める練習から離れやすいコーチングと練習計画になりがちであるためではないかと考えられます。

マラソン・ハーフマラソンをベースにした時にはそれで非常によいと思いますが1500m~10000mでタイムを狙うときには、『走り込み』によって得られる効果と結果はどうしても個人の能力を最大限まで引き出せていないのではないかと思います。

ここでは日本のマラソン・ハーフマラソンの慣習と練習を否定するのではなく、選手個人がその種目にあった練習を確実に選択できているのかということです。

5000mや10000mのために、距離走やペース走をいくら行っても、タイムの向上は限られています。目的としてはハーフマラソンやマラソンのために行っているので、5000mが速くならなかったとしても不思議ではありません。
また1500mや800mの種目へ移行もしくは強化する以前に、基礎体力つくりのために3000mや5000mで基準タイムをクリアできるまで、やや長めの距離に練習の基本を置いておくことも効果的とはいえません。
遅筋繊維の発達後、速筋繊維・中間繊維による最大スピード・最大下スピードの発揮が難しくなるため、また距離走では最大酸素摂取量・乳酸性作業閾値の向上は望めないためです。

例えば3000mの練習のために、10000mの距離走を毎日行っても、努力と結果は結びつかないことになります。
努力(練習)は結果(タイム)につながる正しい努力(正しい練習)をしてこそ実るものです。

1500m~10000mのために最も重視すべき項目は以下の通りです。

① 自分の最大スピード
  (ドリル・プライオメトリックス・筋力・スプリント)

② 自分の種目の中で発揮・持続されるべき最大下スピード
  (レペティション・インターバル)

③ 最大下スピードを支える最大酸素摂取量の向上
  (インターバル)

④ ①・②を瞬発的・効率的に発揮・持続できるランニングフォーム
  (レペティション・インターバル・ドリル・筋力)

⑤ ①・②・③を支える筋力・筋繊維の強化
  (スプリント・筋力・プライオメトリックス)

このような点から練習計画を改善し、自身の狙った種目に直接的に通じる練習計画を作りましょう。

ちなみにマラソン・ハーフマラソンのレースに関しては、『走り込む』が必要です。この2年ほどトラックシーズンがなくマラソンに連続して出るかたちが続いていました。そのなかで『走り込む=タイムの向上』が常に練習計画のどこかにおかれていたように思います。(ほぼ言い訳になっていますが。)
そうした結果が故障を繰り返してしまったことと中途半端なレース結果につながっていたことを招きました。

今週末のオークランドマラソンを無事に走り切れれば、ようやく冬が終わりトラックシーズンを迎えることになります。練習の内容と効果、現状把握に関しては追ってこちらのブログで更新していきます。すでに新しい練習計画ができているので楽しみです。

本日の青空のように心クリアに効率よく走りを高めていきたいと思います。

それでは週末のレース頑張ります。