洗う
二人の息子と一緒に風呂に入る。よくある月曜日の午後
八時半。しかし風呂に入るなり、二人の行動がいつものそ
れとはまったく違っていた。長男がプラスティック製の洗濯
板を膝に乗せ、下着や靴下をごしごし擦り始めた。次男も
続いてごしごししていく。プリンの容器に入った粉石鹸を片
手に乗せて、お湯で溶きながら洗面器に流す。じゃぶじゃ
ぶ泡立てて上手に洗っているではないか。なんだお前たち、
素晴らしいではないか・・・。しかししかし、すぐさま気になっ
てくるのは観察不用の枝葉末節たち。じゃぶじゃぶが風呂
窯に入ってくるぞ!そ、そんなに擦ったら生地が破れちゃう
よ!濯ぎをしっかりしろよ、まだまだ石鹸が残っているぞ!
観察不用ではないし、必要な教育ともいえる大切なことだ
けど、思いつくままに口走ってしまうのはどうなんだい。そ
このコーチ君!そうそう、心に迷いがある時ほど語気が荒
くなって極論に走るのではないか。深呼吸を一つ。お釈迦
様の説く中道を行くしか術はなし。聞けば三日前から妻の
提案で始まった素晴らしき習慣。初めてボールを打つ人に、
初めてヨガのポーズを体験する人に接するがごとき心持で、
二人の挑戦を見守ろうではないか。・・・・
「おい、こら、そのお湯を風呂窯にながすなー!」 ・・・・!