チッタ~こころ~
自分の名前は心、こころと書いてシンと読む。初めて接する
方から、いい名前ですね、なんて言っていただいて、その気に
なって無防備に、いい名前ってことで満足し、それ以上深く考え
てこなかったようだ。
というのは、ヨガの勉強を始めてまず最初に出てくる概念であ
るこころ=チッタは、柔らかい春の日差しを浴びた優しい暖かさ、
とかではなく、自分の魂を様々に惑わす可能性の高い、取り扱い
に細心の注意と膨大なマニュアルが必要な代物として登場するか
らである。
昨日のヨガのクラスで、生徒の一人の方が示唆に富んだお話を
して下さった。おそらく僕よりヨガの学びが長い方で、まさにレッス
ンの場とは第一に僕が学ぶ場となっているわけだが・・・。
その女性は、何年か前に「ふっと降りてきた」というダンスと出会
い、今では都内の各所で、ミュージシャンと競演するパフォーマン
スを行っているという。そして、・・・「知性というよりも感性で、その時
はシンプルに感じ取ることができた」とダンスについて語った。「しば
しば知性は、純粋な感性の邪魔をしてしまうみたいで・・・」とも。
なるほど、すっかり感心してしまった。そのお話を一緒に聞いてい
た他の方たちも感心しきり。中のお一人はそのパフォーマンスを見
たことがあるらしく、「本当に何かが彼女の身体に入り込んでしまっ
て、こうやってお話している様子とはまるで別人になってしまうんで
す」と・・・。
僕ら凡人はつい「いいですねえ」と自分と比べてしまったりするん
だけど、「いい」のは降りてくるものを受け取ることのできる準備であ
り、大袈裟に言えば、他者を信頼する無色透明の純粋さと、オーガ
ニックコットンのような柔らかさを共に備えたこころなのだ。中途半
端な知性に振り回されてばかりいては、首の後ろを硬くしてしまうば
かりか、考え方、生き方そのものをも硬く閉ざしたものにしてしまうだ
ろう。
乗り心地のよいメンテナンスの行き届いた身体と、新鮮で力強い
プラーナ(生きるエネルギー)に満たされて、あとはこころが柔らかく
解れていくのを、静かに見守り続けましょう!


