サティア ~正直~
正直の確立によってヨーギーは、彼自身と他者のために、
事を為さずして事の成果に至る力を得る。~正直が確立す
ると、恐れのない状態がやって来る。~心が静かで澄んで
いるとき、真の<自己>が損なわれることなく映り出て、われ
われは真理をありのままのすがたで悟る。・・・「インテグラル
ヨーガ」スワミ=サッチダーナンダ著
絶対的な正直というのは、方便としての嘘もいわないという
ことである。正直であることによって問題が生じたり、誰かに
困難や・・・・・・生じそうだなー・・・・!心が弱いのですかな・・。
心の師、河合隼雄氏はいう。「本当もやすみやすみ言え」
「真実は劇薬、うそは常備薬」・・・・日常生活を円滑に過ごす
のに、適度な誇張や褒め言葉などで相手を励ます行為など
には、多少の嘘も含まれているかもしれない。例えば、4歳の
次男が自分の名前を書く。とっても読めたものではないが、「す
ごいじゃないか、よく書けてるぞ」とやる。そこには・・・・嘘が・・・
ないか。これはちょっと違うかな。すごいことも、よく書けてること
にも嘘は含まれないな。次いってみよう。例えば、昨日のテニス
レッスンに、40年のベテランを自称する女性が体験にみえた。
彼女のストロークに正直に評価を下すとすれば、それは究極の
手打ちということになる。きっと始めたばかりの頃に、力のある男
性のボールを無理に返球するなどして、独特の手首の使い方を
憶えてしまったにちがいない。しかし、長年培った独特の手法は、
やがて他では代用が利かない絶対安心の技に化けて、無論一定
以上の切れのあるボールに対しては無残な結果となるにしても、
逆に簡単なボールに対しては唯の一度のエラーも起きない安定
度をしめした。「Yさん、手首の使い方が独特ですけど、最早絶対
安心のフォアハンドストロークをお持ちですね」「とてもいいテニス
だと思いますよ」・・これは皮肉ではなく本当の気持ち。そうか、こ
れも嘘ではないじゃないか!もっと相応しい例があるはずなのだが。
今日のところは諦めます。嘘ってのも簡単には現れない。真(まこ
と)ってのも簡単ではないだろう。河合隼雄氏のいう嘘は、限りなく
真実に近いような気もするし、サッチダーナンダ氏のいう正直の中に
は、最早嘘と本当のとらわれや境界線のようなものが、溶けてなくな
ってしまっているように感じてしまう。そう、だって正直しかないではな
いか。どんな嘘の中にも・・・・!


