【花形会長②】


※スポーツ報知より


(花形会長は)中3の時、ファイティング原田の試合をテレビで見てから「俺もチャンピオンになる」と信じ続けた。


13年後、強豪チャチャイ・チオノイ(タイ)を6回KOで下し、WBA世界フライ級王者になった。


4回戦は16戦8勝、6回戦11戦6勝、8回戦4戦1勝。10回戦に上がるまで31試合を要した。


 「負けが続いて嫌になった時もあるけど、俺はチャンピオンになるという夢をずっと持っていたから。


試合数が増え、勝ち方というのを体で覚えた。


ここでは足を使うとか。


10回戦は1度しか負けていない(26戦25勝)。


スタミナに自信を付けたんだ。


ボクシングはハートとスタミナ。


スタミナがなくなると、気持ちも弱くなるからね」

 

副業もせず、ファイトマネーを生活費に充てていたため、引退後はジムを開く資金がなかった。


自分で何かやろうと決め、焼き鳥店に入った。鶏肉をさばき、串に刺す仕込みから、炭火で焼く作業までこなした。


 「『お兄ちゃん、早くしろ』なんて結構、言われた。


白い帽子をかぶっていたし、気づかれない。


表で会ったら、はり倒してやろうとか思った(笑い)」


 ホールで接客もこなした。


この経験が人懐っこい笑顔と相まって、誰とでも親しみ、いい人間関係を築けるようになった。


その後、スナック店員、不動産関係の営業と職を変えた。


ある日、テレビ解説の帰り、手を振る人がいた。とっさに頭を下げた。


かつて横浜協栄ジムで共に練習した仲間だった。


普段は持たない名刺があったので渡した。


「ジムをやるつもりだと話すと『やろう』と力になってくれた。


昔、苦労していた時に、俺が牛乳をおごったことがあったんだって。


1本15円のを、2回ほど。


それを覚えていてくれた。


あの時、手を挙げても知らんぷりしていたら…、名刺を持っていなかったら…、ジムをやりたいと伝えなかったら…。


これも運。そして、30円がジムになったよ(笑い)」


※写真は花形ボクシングジムより引用