初めてのスパーリングが終わった後、誠はボクシングが怖くなかった。
軽いパンチアイ現象であった。
※ パンチアイとは、ボクシングなどの試合で強いパンチを受けた際に、その恐怖が反射神経に影響を及ぼし、目の前に何かが近づくだけで動揺してしまう症状を指します。これはボクサーの選手生命を絶つほどの重い後遺症とされています
誠は今まで、あんなに人と殴り合うことはなかったし、あんなにボコボコにされることも人生でなかった。
今までは殴り合いというのは想像の世界でしかなかった。
それが現実に体験をして、恐怖を覚えた。
これまでも会長に殴られるのが怖くて毎日、ジムに行きたくない日が増えていたが、このスパーリングを終えてボクシングの厳しさを
知り、より一層ジムに行きたくなくなった。
それは誠の中で、やがて精神的負担になり、毎日が辛い日々となった。
平日は、高校に行っていることで練習時間まで気がまぎれたが、土日祝日の午前は布団から出られなくなった。
ジムに行くのがだいたい13時から15時の間であった。
ジムに行くまで、ジムで会長に殴られることや、スパーリングで殴られることを想像してしまう。
そうすると怖さで、何もやる気が出ず、無気力になり布団から起き上がれない。
誠は大人になってから知ったが、これが「うつ状態」というものであった。
元々、誠はスポーツに向いていない。
いやスポーツだけの話ではなく、プレッシャーになることが苦手であった。
特に自分を追い込むプレッシャー。
誠がこれまで部活動を長く続けれなかった原因もここにあった。
誠は修学旅行や野外活動で学校の宿泊行事でも夜眠れなかった。
よく友達と、
「俺、宿泊行事だと寝れなくなるんだよね」
という話をよく聞く。
周りにそのような友達はたくさんいた。
しかし、深夜を過ぎて友達が1人寝て、また1人と眠りに落ちる。
そして、本当に眠れない誠だけが1人残っていた。
これも誠が大人になってから知ったが、このような症状を「HSP」と言うらしい。
※HSPとは、Highly Sensitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン)の略で、生まれつき非常に繊細で、視覚や聴覚などの感覚が過敏な気質を持つ人を指します。これは病気や診断名ではなく、生まれ持った特性です。人口の15~20%がHSPの傾向を持つとされています。