<北朝鮮>正恩氏「第1書記」は事実上の党トップ | dashdashbackのブログ

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北朝鮮の朝鮮労働党代表者会で新指導者の金正恩(キム・ジョンウン)氏が就任したのは、金正日(キム・ジョンイル)氏の「後継総書記」ではなく、新設の職責である「第1書記」だった。権力基盤が十分でない正恩氏が金総書記と同じポストを継承するわけにはいかない--との判断から、正恩氏を含む党最高指導部が集団指導体制を念頭に「党を率いる書記数人の中のナンバーワン」との意味合いをもたせることで、党のトップとした形といえる。【大貫智子、北京・米村耕一】

 「全党員、人民軍将兵、人民たちの絶対的な支持と信頼の表明だ」。北朝鮮国営の朝鮮中央通信は11日夕、金総書記の遺訓に従って、正恩氏が第1書記に「推挙」されたことを伝えた。

 「第1書記」という聞き慣れないポスト名にかかわらず、北朝鮮では正恩氏が既に「絶対的な存在」であることには変わりはないようだ。北朝鮮情勢に詳しい中国・遼寧社会科学院朝鮮韓国研究センターの呂超主任は「第1書記は党の実質的なトップであり、これで党と軍の最高職を獲得した。13日の最高人民会議(国会)で国家機関での最高職がそろえば、中国の国家主席と対等な立場となる」と位置づける。

 父親のポストを永久欠番にして継承せず、あくまでも父親への忠誠心を前面に押し出した正恩氏。金総書記が金日成(キム・イルソン)国家主席の死去後に「国家主席」を永久欠番にしたのと同じプロセスだ。

 ただ、金主席が94年に死去した後、金正日氏は直ちに後継ポストにはつかず、3年3カ月もの間、沈黙を保った。金主席の後継指名を受けていたものの、当時は「苦難の行軍」と呼ばれる時期で、大規模水害による食糧難のために大量の餓死者が出ていた。また、金正日氏の場合、金主席の側近の支持を取り付ける一方、義弟らライバルを粛清して、70年代から基盤を固めていたという経緯もある。

 後継プロセスの中で党内での権威が全く揺るがなかった金総書記に比べ、正恩氏の技量は不明。当面は祖父や父親の威厳を借りながら、叔父で実力者の張成沢(チャン・ソンテク)国防副委員長や、叔母で金総書記の妹金慶喜(キム・ギョンヒ)氏ら後見人に支えられる国家運営を進めるしかない。総書記を引き継げなかったのには「自前の側近を持っていないので、自分の路線を打ち出す力はまだないから」(北朝鮮の内政事情に詳しい中国人研究者)という背景もあるようだ。

 経済難が極限化する北朝鮮。国民には、国際感覚を持つ正恩氏への期待感から、正恩氏が開放的な経済改革などを断行するとの見方も少なくない。ただ、当分の間は、金総書記と同様、中国式の「改革開放」路線とは一線を画した経済政策を続けるとみられる。

 また、対外政策についても、平岩俊司・関西学院大教授(現代朝鮮論)は「金正日氏の遺訓を利用するということは、対外政策も従来と大きく変わらないとみられ、弾道ミサイル発射(北朝鮮は「人工衛星打ち上げ」と主張)に続き、核実験を実施する可能性があり、関係国は対応を迫られる」と警告する。

 ◇日本政府「権力集中回避か」

 日本政府は、金正恩氏の「総書記」就任はない、との情報を事前につかんでいた。政府高官は「父親の金正日氏の代わりは務まらないからだ。若年の正恩氏に権力を持たせすぎてはいけないという指導部の判断も働いたのではないか」との見方を示した。

 ただ、別の政府関係者は「正恩体制は安定している。正恩氏を支える高齢の軍幹部が勇退し、世代交代が発生するまで正恩体制は揺らがない」と分析。「第1書記」という名称が正恩氏の権威を弱めることにはならないとの認識を示した。

 北朝鮮がミサイル発射に対する国際社会の批判への対抗手段として核実験を強行すれば、国際環境を一層厳しくするのは必至。日本政府は、米中露韓の4カ国との連携を密にし「金正恩指導部の動向を憂慮をもって見守っている」(外務省幹部)状況だ。【中川佳昭】

◇権力継承の手続き完了

 韓国国防研究院の白承周(ペク・スンジュ)安保戦略研究センター長 金正恩氏は朝鮮労働党総書記にという予測も多かったが、第1書記職の就任にとどまった。父の故正日氏への忠誠心や遠慮する姿勢を示し、孝行息子を演じてみせる狙いもあるだろう。しかし、既に総書記や国防委員長の役割を事実上果たしているので、何の問題もない。権力継承の党内手続きが、ほぼ完了したともみられる。今後は革命第1、2世代の子供が登用されるいわば北朝鮮式世代交代が起こる可能性が高いだろう。

 ◇金総書記の枠組み維持

 礒崎敦仁・慶応大専任講師(北朝鮮政治) 急ピッチで物事が進んでいる側面と前例踏襲のミックスが今回の特徴だ。準備期間を経た金正日総書記でさえ、3年間の喪が明けてから総書記を継いだが、金正恩氏は(金正日氏の死後4カ月で)党のトップに立った。一方、金正恩氏に党の最高位を与えて既成事実化し、党の盤石化を図った。金総書記が父の死去直後に遺訓を掲げたのも同じで、あらゆる意味で前例踏襲だ。これで金総書記が築いた枠組みが維持される可能性が高くなったといえる。

◇金正恩第1書記主な発言録

 北朝鮮の公式報道などで紹介された金正恩氏の主な発言。人民や軍人に対する優しさや温かさを強調している。

▼「敵が(ミサイルを)迎撃すれば、戦争を決心していた」(09年4月のミサイル発射に立ち会った際の発言)

▼「金正日総書記の映像が出るたびに涙が止まらなかった。大きな力を得た」(1月2日報道。ウンハス管弦楽団の新年音楽会を鑑賞して)

▼「人民が楽しみにして訪れる所なので、買い物客の便宜を最大限にはかれるよう建設しなければならない」(1月11日報道。平壌市内の食肉店建設現場で)

▼「しっかりと食べさせなければならない。本を贈り、知識も与えなければならない」(1月20日報道、空軍部隊を視察し、兵士の生活状況について)

▼「前線に居る将軍(金正日総書記)を待ち、母と共に明かした2月のあの夜を忘れられません」(2月13日付労働新聞が叙事詩の中で紹介した正恩氏の言葉)

▼「誠意はありがたいが、この問題は誠意だけを受け取って断る」(2月14日、白米100トンを銅像建設現場で働く軍人のために拠出すると提案した満浦市民への返信)