中山 建コーチ オススメ資料
2019/2/9
トップアスリートの競技力を向上するためのコンディショニングについての解説
競技力向上の手段の1つとして筋力トレーニングが挙げられる。これ自体は、はるか昔から行われてきたものだが、近年はその種類も様々あり、目的に応じて使い分けている、あるいは組み合わせることが必要になってきた。しかしながら、目新しいものばかりに目が行きがちで、真の目的にかなったものでなかったり、トレーニングそのものに対する誤解や勘違いが生じてきたりしているのも事実である。
コンディションを構成する要素として、「強化」「リカバリー」「自己分析力」の3つがある。「強化」とは長期的視点に立って準備期・鍛錬期・試合期を積み重ねること。「リカバリー」は短期的なコンディションで、トレーニングや試合によって疲労し、パフォーマンスが下がっている状態からゼロに戻す行動がこれにあたる。最も重要な要素が「自己分析力」であり、優秀な選手ほど自分の身体の現状に気付き、「強化」と「リカバリー」を適切に実行して、上手くマネジメントできている。実際に自分の身体によく気付く選手ほど競技水準が高いとの研究結果も出ている。また、気付く選手ほど強く、気付くからケアをするというサイクルを持つトップアスリートが多く存在している。多くのトップアスリートは、自分の身体の変化に気付くルーティンをもっており、「強化」ばかりでは身体が疲弊してオーバートレーニングに陥るリスクが高まることを理解しており、逆に「リカバリー」だけでは今持っている実力以上のパフォーマンス発揮は期待できないと把握している。この2つの相反する行動を、自分の中でどのようにマネジメントしていくかという「自己分析力」がフィジカルコンディションの鍵であると考えられる。
まず、実際に競技力向上のトレーニングを行う前のコンディショニングづくりの要素として「ウォーミングアップ」が挙げられる。スポーツを行っていく中で誰もが必ずこの言葉を耳にしている。試合前、練習前、自主練習前と多くの選手が「ウォーミングアップ」を行いまた、学校の体育の授業でも行われる。ウォーミングアップの目的は次の3つにわけることができる。
1 パフォーマンスの向上と練習の効率化
2 外傷・障害の予防
3 体温(筋温)の上昇
上記の目的を達成するために、各チームのトレーナーやS&Cコーチ、スキルコーチの指示の下で実践している選手が多いが、中には自分自身でメニュー作成をしている選手もいる。ウォーミングアップの種類について3つに大別できる。
1 パッシブ(他動的)
2 アクティブ(活動的)
3 競技特性を考慮
パッシブ(他動的)は交代浴やマッサージなど、自分自身の運動ではないものでウォーミングアップ効果を得ようとするものである。アクティブ(活動的)は自らが動き、身体の内部から体温を上昇させて効果を得る。そして競技特性を考慮は、野球ならキャッチボールや素振り、サッカーならシュートやパス、トラップ、ラグビーなどのコンタクトスポーツでは肩を当てたり、コンタクトバッグに当たったりといったことが挙げられる。
ウォーミングアップの種類は、どれか1つに偏ってしまうのは良くないといわれている。例えば競技特異的なものを多く行いアクティブなものが少ないと、走るという動作へのアプローチが少なくなってしまい、トレーニング序盤で肉離れなどの筋系の外傷リスクが高くなる。その他もパッシブなものに時間をかけすぎてアクティブなものが少なくなってしまうと、体温は上がっているけれども呼吸器系の刺激が足りず、パフォーマンス向上に繋がりにくくなる。これではウォーミングアップを行う意味がなくなる。その点を踏まえるとまずはアクティブなものを多く取り入れるのがよいと考えられる。ウォーミングアップに必要な要素としては、次の事が考えられる。
1 体温(筋温)の上昇
2 筋肉に刺激を与える
3 神経系に刺激を与える
4 競技的要素の確認
簡単に説明すると、汗をかくくらい身体を動かし、競技レベルに近い強度の動きをウォーミングアップ中に行い、笛の音や指示された方向に反応するような種目(リアクション動作)を行って神経系に刺激を入れ、パスやタックルなどの動作確認をするということである。運動前のストレッチに関しては、以前けがのリスクを増やすというニュースが出たこともあるようにそこまで重要性は高くないといえる。ウォーミングアップ中にはスタティックストレッチ(静的なストレッチ)を長い時間かけて行う事は避け、上記の要素を踏まえてダイナミックストレッチ(動的なストレッチ)は必ず行う。また、チームの雰囲気も大事になり、例えば、連戦が続いて選手たちに疲労感が見られる場合には、普段通りのメニューで行うと雰囲気が悪いまま全体練習に入ってしまう恐れがある。そのような時には、楽しい要素を含んだゲーム感覚のメニューを取り入れ、チーム全員で声を出せるようなものを取り入れることが望ましい。
次に、トレーナーの存在が重要だと考えられる。現在ではトレーナーの専門分化が進み、アスレティックトレーナー、ストレングスコーチ、コンディショニングコーチ、ランニングコーチ、レスリングコーチ、理学療法士、マッサージ師などの各専門家が選手強化に携わることが珍しくない状況になっている。選手が高いレベルの競技能力獲得を目指した場合、より専門的で高度な指導が必要となり、チームスポーツの様に多人数の選手を指導していく場合、何人かのトレーナースタッフが役割を分担して指導したほうが、より効率である。したがって、それぞれの分野を専門とするスタッフが、連携を取りながら選手強化を図っていく方法は、現実的かつ合理的であるといえる。
アスレティックトレーナー、ストレングスコーチ、コンディショニングコーチなどの専門スタッフが連携しながら進めていく最大の強みは、それぞれが持つ専門性の高い知識とノウハウにより、質の高い指導を同時に行える点にある。そういった指導がタイムリーに行われることにより、選手がけがをした場合の早期復帰が可能になる。ところが、必要な時に必要なトレーニングが行われないと、かえって復帰に時間が掛かるケースもある。スタッフ間のコミュニケーション不足によりタイムラグが生じてしまう事には最も注意しなければならない。
回復過程の初期段階における筋力トレーニングは、医学的なエビデンスに基づいた基礎的トレーニング実施が原則である。それに引き続き、強度の高いトレーニングや競技の専門性に応じた実践的トレーニングを、ストレングスコーチが担当していくことになる。このとき、アスレティックトレーナーがその前提となる基礎トレーニングをどのくらいまで引き上げれば十分とするのか、そしてストレングスコーチ主導のトレーニングにいつ移行するのかその見極めが重要である。その内容をすべてアスレティックトレーナーやコンディショニングコーチが考えてコントロールするよりも、その競技を経験してきたスキルコーチにアイデアを提供してもらうほうが、はるかに効果的なトレーニングとなる場合がある。何が必要なのか、何が問題となっているのか、などはスキルコーチの競技経験を生かすことが競技力向上に繋がる近道であると考えられる。多くの日本のスポーツ現場では一人で役割を兼務しなければならない場合であるが、何もかも抱え込まずスキルコーチとの連携をすることが望ましい。
競技力向上のコンディショニングは選手個人の意識と知識に加え複数スタッフとの連携によって実現できると考えられる。それにはコミュニケーションが重要になり、一人ひとりがどれだけ高い技術を持ち合わせていたとしても、選手の状態に合った指導を適宜行う事が出来なければ成果は期待できない。また、医学的なエビデンスを基に展開していくトレーニングと実践的なトレーニングをつないでいく役割を果たすトレーナーやコーチの存在は大きいといえる。両方の知識と理解が必要であり、各スタッフの調整役としても重要な役割を担うからである。現在の日本のスポーツ現場では、複数名のスタッフが関わり役割分担して進めていけるチームはそれほど多くない。組織や環境を整えていく努力は継続していかなければならない。複数の役割を兼務する状況であったとしてもそれをプラスと捉え競技を見る目を養う良い機会と考え実力を蓄えていくことがいいのではないかと感じる。
参考文献:
大道泉(2018)競技復帰に向けたスタッフの連携.コーチングクリニック,2018年(1月):64-67
大石徹(2017)育成世代のフィジカルトレーニング‐自己分析させると強くなる‐.コーチングクリニック,2017年(11月):78-82
竹蓋真哉(2016)ウォーミングアップについて考える.コーチングクリニック,2016年(12月):78-81