いつになく真面目なタイトル(上)をつけてみました。
違うブログで音楽以外のことも世界に発信してるんです。
自己満ですけど。
最近、哲学的発想に凝ってます。
大学院に行って哲学を研究したいなぁ、と就活を進めながら並行して考えてるんです。
今日のゼミで取り上げた「東ティモールにおける民主化」と「キリスト教」の関係性を考えてみました。
ゼミで先生に質問した内容です。
かーなり偏った内容なので、読みたい人だけどうぞ~w
発展途上国や治安状態の悪い国家に対して「民主主義」の政治概念を押し付ける先進諸国&世界機構。
民主主義をベストとする世界的な風潮。
これを僕は恐ろしく思う。
文化や民族、宗教によってそれぞれの政治形態があっていいはず。
Aという部族では、君主制がもっとも効果的に作用するかもしれない。
そんなA族に民主主義を押し付けることは、その部族の歴史・文化を侵害することにつながる可能性がある。
そもそも、民主主義は万能ではない。
機能としての民主主義、たとえば選挙を考えた場合、投票という行為によってその国の進路方向を決め、国の代表を決める。
選挙という仕組みは、先進諸国においてはごく当たり前な概念かもしれないが、途上国ではその概念が当たり前でない。
つまり、制度としての選挙があろうともそれを機能させる市民に「選挙の意味」が浸透していなければ、なんの意味もない。
識字率の低い国ではHIVの感染率が高くなっているように、一般市民が選挙の機能を理解しなければその効果は見込めない。
ごく身近な例「日本」という国で、選挙で投票することの意味をわかっていない人&本来すべての国民が政治に関わって生きているのにそれを自覚しない人があまりに多すぎるため、現総理大臣のように意味不明な指導者が台頭することになる。
民主主義というのは、枠組みとして与えられるべきではなく、草の根的に下(国民)から浸透していくべきである。
とまぁー、ここまでは民主主義万能論批判。
で言いたいのは、先進諸国の多くはキリスト教なんすよ。
キリスト教って一神教なんです。
つまり、神が絶対的存在であり、イエス=キリストの教えが絶対なんです。
でもね、民主主義って多様性を認めてるってこと。
ようはキリスト教もイスラム教も仏教も共存しましょうねってこと。
気づきました?
キリストの絶対的存在⇔人種・宗教の多様性、この矛盾した構図&共存。
絶対的な神を信仰している人々が多様性を認める民主主義を広めようとしている。
なんじゃこの構図。
日常生活の道徳観念は唯一神の絶対信仰でありながら、政治概念は多様性を認めましょう!なんて意味がわからん。
日常と政治は乖離してるのか?どーなんだ欧米さん。
この過程から考えて、イスラム諸国で民主主義は根付かないのは道理なんすよね。
イスラム教ってのはアッラーの唯一神ですから、多様性は認められない。だから、イスラム教≠民主主義は納得がいく。
ちなみに、「イスラム教原理主義」ってのはありません。
そもそもイスラム教徒はみんな原理主義です。
「イスラム教」と「イスラム教原理主義」みたいにわけて報道する日本メディアは、あきらかに知識不足です。
テロを起こす集団をあえて表現するなら「イスラム教過激派」か。
「過激派」ってのも、ちょいとまずい表現な気がするけど。
一方で、キリスト教で原理主義なんて言われないのにね。
イスラム教に対する明らかな差別ですよねー。
キリスト教だと、カトリックが原理主義にあたります。
カトリック人口もだいぶ減ってきてるみたいですけど。
ちなみに、「プロテスタント」というキリスト教は存在しないのでご注意を。
カトリック側から見てのプロテスタント(反対者)なんでね。
分派しただけで、「プロテスタント」なんて集団はありません。
カトリックはマリアを信じ、プロテスタントはイエスを信じる。
海外で、Are you Protestant?なんて聞いたらなんてアホな奴と思われちゃう。って、そんな質問することもないか。
とまぁ、こんな具合にふわふわした質問をしましたとさ。これに感想とかありましたら、ください。