有明月が稜線から出ました | バイカルアザラシのnicoチャンネル

バイカルアザラシのnicoチャンネル

 サイコロジストの日常と非日常を季節の移ろいを交えて描いています。バイカルアザラシのnicoちゃんの独り言です。聞き流してください。

 「あっ、三日月が出ました。」と言いたいところですが、これは三日月ではありません。三日月は新月の3日目、つまり月齢3の時を言います。これは新月3日前の月で月齢は25です。もっと正確に言えば、旧暦の26日で月齢25の月を有明月と呼んでいます。有明月は夜明けに出ます。もう3日も立てば太陽に隠れてしまい、その姿を見ることはありません。ちなみに今日の月齢は26.6なので厳密には有明月ではないと反論したくなる方もいらつしゃるかと。ああ、ややこしい。

 

 江戸時代、有明月を見ると素敵なお相手と巡り会えるという噂が広がり、我も我もと徹夜で有明月の月の出を待ちました。男性はふんどし一丁でお詣りすれば、御利益もあるので裸で出かけました。寒ければ寒いほど幸運が到来するとやら。何とも元気な強者達です。

 

 こうして超望遠レンズで撮っていると、月がどんどん動いているのが分かります。有明月は短歌にもよく詠まれている題材です。鎌倉時代の勅撰和歌集である新古今和歌集の選者の一人藤原家隆の一首に、こんなのがあります。

 

 志賀の浦や 遠ざかりゆく 波間より 凍りていづる 有明の月

 

 志賀の浦は琵琶湖の西岸にあります。有明月が厳冬期に詠まれることが多いのはなぜなのでしょうか? 漆黒の東岸から上る有明月。鎌倉時代、琵琶湖は真夜中になると岸から凍っていきました。温暖化した現代、琵琶湖が凍ることはほとんどありません。湖面はどんどん凍っていき、岸から見ると波がだんだん遠くなっていきます。そして、波間にはまっ白に凍った向こう岸の湖畔に有明月が出るのだというのです。想像もつかないような光景がこの31音に詠まれています。

 

 今日の日付なら日の出は4時半ぐらいでしょうか。まだ漆黒の夜です。そこにかすかに見える凍てついた岸辺。そこに細々とした形の月が出てくるのを見たらな、どんな気持ちになるのでしょう。もう寒々とした風景に体まで凍りついてしまうでしょう。

 

 有明月なのでなぜか悲哀や悲しい心情が込められているとか言われますが、有明月は年中出ているので、必ずしも冬の季節とは限らないでしょう。悲しさ、さみしさは詠み手の自由な解釈でいいのではないでしょうか。むしろ、人間の喜怒哀楽を越えて、作者の家隆は透徹した観察力でこの天文現象を詠んでいるに過ぎません。それは、後に幽玄という言葉で表されるようになりました。彼は幽玄の先駆者だったのかも知れません。

 

 それが江戸時代になると、有明月を拝めばいい人に巡り会えるなんて、このように有明月は庶民にも親しまれるようになりました。エンタテインメントと言えば、何もなくても自然現象をとことん楽しもうと裸でお詣りに行くなんては江戸っ子気質が出ているのかも知れません。もっとも家隆とは時代精神も異なれば、家隆がこんな風景を見たら卒倒するかも知れません。

 

 今朝撮った稜線に昇る月は月出から1時間程度経っています。以前は月だけを撮っていたのですが、最近は風景とともに撮るようになりました。小枝の中に月面がある。27万㎞彼方の月面と数百メートルの小枝が一緒に写っている。何かその方が面白く感じられます。