何かの拍子に、どうしても食べたくなる料理ってありますよね。この間、嫁さんと話をしているときに、長男ダイチが二郎系ラーメンが大好きで弟を連れて食べに行っている話を聞きました。二郎系ラーメンがどのようなラーメンなのか詳しい知識がなかったのですが、嫁さんから豚骨スープにチャーシューどっさりと説明されました。想像するだけで涎が溢れ出すラーメンです。
――じゃ、食べに行こう!
スマホを取り出して、「二郎系」と検索をかけてみます。凄いですね。ラーメンという単語を使っていないのに、グーグルマップに「二郎系ラーメン」の店舗がズラズラと列挙されました。僕が考えている以上に「二郎系」というワードは一般化されていたようです。すると横で嫁さんが、ひとこと呟きました。
「二郎系は、麺が太いのが好みじゃないんだな~」
あっ、それ、僕も同感。若い頃に友達とよく通っていたBARがあります。そのBARでは定期的にライブイベントが開催されていました。お気に入りはブルース。小指に差し込んだボトルネックをスライドさせて、ギターの弦を震わせます。魂を震わせます。――格好良い~!
「マスター、ターキーのロック」
酔いが加速しました。そんなイベントの帰りに近くの長浜ラーメンで締めるのがお決まりのコースでした。長浜ラーメンは豚骨ベースで超細麺。僕の記憶に刷り込まれた、美味しいラーメンの記憶になります。そんなことを思い出しながら、嫁さんに問いかけます。
「大王にする?」
「うん、大王にする」
「ラーメン大王」とは、吹田市岸辺にある老舗のラーメン屋さんになります。地元ではとても有名で、昨今のラーメンブームが始まる以前からの人気店です。そう言えば、最近は食べに行っていない。早速に足を運ぶことにしました。
店舗は、岸部駅の近くにあり目の前には大阪学院大学があります。交通量が多い道路に面しており、「ラーメン大王」と書かれたシンプルな黄色いテントが目印になります。その特徴的な店構えは、正に「THE昭和」。お洒落やお上品とは全く無縁ではありますが、時代に流されない仕事に実直な熱いソウルを感じます。
訪れた時間は14時ごろで繁忙時間を過ぎていましたが、お客で一杯でした。客層は、夏休みということもあり学生は少ない。作業着姿のおっちゃん連中が目立っていましたが、一人客も多かった。席に案内された後、嫁さんはチャーシュウ麺を、僕は四川ラーメンを頼みました。実は「大王」はこの四川ラーメンが有名なのです。
「辛さはどうされますか?」
四川ラーメンは辛さの倍率を選ぶことが出来ます。店内を見渡すと、壁に沢山の張り紙がありました。それら張り紙は、登山家が山の頂上に立てるフラッグと一緒なのです。
――100倍完食。楽勝!
――1000倍達成。たいしたことないな。
そのような文言が書き記されていました。強がったコメントが添えられていますが、かなり辛かったはずです。それは食を楽しむというよりも、ヒマラヤの頂を目指すような孤高の精神性を感じました。額から汗を流しつつ、一口一口麺を啜り、スープを流し込む。鍛え上げられた胃と、強靭なメンタル無しでは達成できなかった苦労がきっとあったことでしょう。この大王で四川ラーメンを注文するということは、そうした戦いに挑むことに等しいのです。僕は、眉間にしわを寄せて答えました。
「普通で」
「1倍でいいですか?」
「1倍でいいです」
「ニンニクはどうされますか?」
「お願いします」
ヘタレな僕は、1倍を選択しました。僕は戦いたくない。美味しく食べたい。修行の様な食事はしたくないのです。提供されるまでの時間は、嫁さんと息子たちのことについて会話を楽しみました。さて、ラーメンが運ばれてきました。嫁さんは、チャーシュウがどっさり。僕はスープがほんのりと赤くなっていました。どんぶりに手を添えて、箸を構えます。一口食べました。
――美味い~。
最近はラーメンといえばインスタントラーメンばっかりでした。しかし、どんなに美味しくてもインスタントは、やっぱりインスタント。食べ続けると飽きがやってきます。しかし、本物は違いました。心が洗われるような、心が満たされるような幸福感を感じます。麵にしてもスープにしても奇をてらった要素はなく、時代と共に磨きあげられた「玉」のような丸さがありました。感じてもらえるかな~、とても表現が難しいです。普通であることの大切さというか、身構えない寛ぎというか、そう「癒し」なんです。食べたことで、とても癒されました。体中がスライムのように溶けていってしまうような、気持ちがよい感覚です。
辛さも丁度よい。1倍で良かった。僕は辛さが苦手なわけではありません。いつもならガンガンに辛くするのですが、今回の1倍はアクセントの1倍でした。スープの美味しさを殺さない。スキップして踊りまわるような辛さです。とても楽しい。更に、チャーシューが美味かった。個人的な感想ですが、チャーシューが美味いラーメン屋って、それほど多くない印象があります。別に不味くはないんだけど、パサパサ感が口に触ったりします。大王のチャーシュウは、口の中で溶けてしまいます。嫁さんと同じようにチャーシュウ麺にすれば良かったと、後から後悔するくらいにチャーシュウが美味かった。大王……完成度が高すぎる。
大王は、当たり前の仕事を当たり前にしているお店でした。そうした大王が流行に左右されず、今もなお地元で愛されている。その事実が凄いことだと思いました。世間には、そうしたお店が沢山あるでしょう。コロナという災厄で、様々な専門店が岐路に立たされている昨今です。末永く繫栄してほしいなと思いました。