昼過ぎまで天気は良かったけれど夕方から強い雨、そんな雨の中で走りたいと思いました。ランニングに関していうと、雨は練習の妨げにはなりません。雨が降っていなくても体中で汗をかくからです。マラソンの大会は雨だからと中止になることはありません。これまでにも雨の大会はありました。寒い冬場の雨は体から熱を奪うので手はかじかむし大変だったことはありますが、今は夏です。雨はかえって心地よい。どうせならずぶ濡れになりたい。

 

 昼過ぎに帰ってきた僕は、夕方からのランニングに向けて準備を始めます。まずは簡単なところから、風呂の掃除を始めました。夜の7時ごろにランニングから帰ってくる予定なので、7時に風呂に入れるように予約をします。次は台所に向かい、エプロンを腰に巻きました。今晩の料理は酢豚になります。

 

 今年になってから週一で、嫁さんと一緒にコストコに買い物に行くようになりました。最近のヒット商品は、豚ロースのブロックになります。100g当たりで安いときは80円になります。安い。ただ、難点はコストコサイズなので、一つのブロックが5kg近い。税込みで4000円を超えます。初めの頃は、その大きさから手を出しませんでした。ところが、調理してみるととても美味しい。この豚ロースで、様々な料理をするようになりました。単純に輪切りにして塩コショウして、豚のステーキでも美味しいのですが、生姜焼きやトンカツといった子供が喜ぶ料理に発展させることもできます。今回は、酢豚でした。

 

 細長いブロックを三等分して、二つはラップをして冷蔵庫に仕舞います。そもそも三等分しないと、長すぎて冷蔵庫に入りません。小さくなったブロックを白い脂身を上にしてまな板に載せました。指一本分くらいの厚さでスライスしていきます。スライスされたロースは、包丁の背を使って一枚づつ叩きます。ペチャンコになるまで両面とも叩きます。そうすることで、肉が柔らかくなり美味しい。ここで塩コショウで下味をつけます。

 

 次にペチャンコのロースを、指一本半くらいの幅で短冊に切っていきました。全ての肉をボールの中に入れて、黒コショウ、お酒、みりん、醬油で漬け込みます。いつもなら、生姜と大蒜のすりおろしもこのタイミングで入れるのですが、今回は入れません。なぜなら酢豚だからです。今回の味の主役は「酢」だと考えていました。この酢の美味しさを十分に堪能するには、生姜と大蒜が邪魔なのです。

 

 最近、「酢」の美味しさに目覚めました。現代の一般的な酢の製造過程は、空気と一緒に攪拌して発酵させるそうです。利点は、発酵までの時間が短い。大量生産に向いているのです。しかし、この方法で発酵した酢は、舐めるとトゲトゲとした味になります。うまみ成分が少ない。対して、昔から作られてきた酢は、空気を入れて攪拌しない。時間をかけてゆっくりと発酵させます。その方法を静置発酵といいます。静置発酵で醸された酢はアミノ酸を一緒に生成するので、ほんのりと甘いうまみ成分を含んだ酢になります。味を比べたら分かります。美味い。

 

 下処理した豚は、片栗粉をまぶしてから油で揚げるのですが、今はしません。ランニングから帰ってきたからの作業になります。次は、酢豚の「餡」の準備を始めました。人参の乱切り、玉ねぎのスライス、冷凍パプリカのスライスといった具材を炒めて、酢、お酒、醤油、砂糖、中華だし、水を投入して軽く煮込みます。餡の味については、レシピごとに分量が違うので参考にはしますが当てになりません。自分の舌で、しっかりと確認をします。個人的には、酢は利かせすぎない、甘さもある餡が好みなので、注意深く味を決めました。最後に、片栗粉を入れてとろみをつけます。これで、準備は完了しました。

 

 ランニングウエアに着替えて、玄関を出ます。雨は降り始めていました。軽く準備運動をして、イヤホンを耳に差し込みます。最近はポッドキャストで、「食べ物ラジオ」を聞いていました。テーマは「ミルク」になります。これが面白い。日本は米を主体とする農耕文化の国ですが、歴史を紐解くと農耕文化よりも酪農文化のほうが誕生は早かったみたいです。そんな物語を聞きながら走り始めました。

 

 走り始めてから、今回で3回目です。今までは1kmの平均ペースは10分を超えていました。ところが、今回は9分を切りました。格段に速くなっています。過去の経験からいつも感じてきましたが、週一回のランニングであっても、3回目くらいから急に体が出来上がります。息苦しくないし、走るのがとても楽になります。でも、だからこそ注意が必要です。早く走れるからといってペースを上げると、必ず故障します。ペースを上げたい気持ちを抑えながら、走ることを楽しみました。日は落ちて、辺りは暗い。雨脚は強くなってきました。帽子のひさしから、雨粒が落ちていく様子が見えます。靴の中もグッチョグッチョ。雨でずぶ濡れになっている状態を楽しみました。

 

 家に帰ると、真っ先に風呂に入りました。膝だけは温めません。冷水のシャワーで冷やします。風呂から上がり、エプロンを巻いて台所に立ちました。豚を揚げる準備をします。その間に、ビールを飲みます。美味い。豚を揚げながら、揚げたての豚を口に入れて、またビールを飲みます。美味い。揚げたての豚に、用意していた餡をかけて酢豚にします。口元に運びました。

 

 ――ああ、美味い!

 

 疲れた体に、酢が染み込みます。ただただ美味い。ビールを飲むスピードもアップします。酢豚は沢山作ったのですが、家族に全て平らげられてしまいました。美味しかったので、また作ろうと思います。今度は、黒酢が欲しいな。