「3」という数字はバランスが良い。椅子を作るにしても、1本脚や2本脚では倒れてしまうけれど、3本脚なら倒れない。4本脚も倒れないけれど、高さを調整しないとガタついてしまう。海外のことは知らないけれど、日本は「三大〇〇」みたいなピックアップが大好きです。ここで少し列挙してみましょう。

 

 世界三大美女:クレオパトラ、楊貴妃、小野小町

 三大温泉:熱海温泉、南紀白浜温泉、別府温泉

 三大祭:祇園祭、天神祭、神田祭

 三名城:姫路城、名古屋城、大坂城

 三種の神器:冷蔵庫、洗濯機、白黒テレビ

 

 ところで、日本三景は宮城の松島、京都の天橋立、安芸の宮島になりますが、そのうちの天橋立に行ってきました。天橋立は有名すぎるので説明はいらないかと思いますが、宮津湾と内海の阿蘇海(あそのうみ)の間にできた全長3.6kmの砂丘になります。細長い砂丘には6700本もの松が生えており、その風光明媚な美しさから多くの歌人によって歌われてきました。

 

「大江山 生野の道の とほければ まだふみも見ず 天の橋立」

 小式部内侍

 

 参考までに現代語訳にすると――大江山を越えて生野を通る丹後への道はあまりにも遠すぎて、まだ天橋立の地を踏んだこともありません。だから、丹後にいる母からの手紙も見てはいません――となるようです。二泊三日のスーパーカブの旅の主題は、聖徳太子の歴史を探ることでした。とは言いつつ折角なので観光もするのですが、天邪鬼な性格から有名な観光地に対しては何処か冷めている僕がいます。一番の理由は、観光客が多い。これにつきます。

 

 まあ、そうは言いつつも天橋立に行くのですが、気になるのは内海の阿蘇海の存在です。なぜそのような名前が付けられたのかが不思議でした。ネットでググってみましたが判然としない。九州の阿蘇付近で生活していた人々がこの地に移り住んだ痕跡かもしれませんが、そのような資料はないようです。物部の祖神である饒速日命(にぎはやひのみこと)は九州出身なので、ひょっとするとそのような関係性があったのかもしれません。それともう一つ、阿蘇の「蘇」という漢字も気になるのです。蘇我の「蘇」ですから。

 

 以前にも紹介したことがあるのですが、「蘇」とは飛鳥時代に尊ばれた乳を煮詰めた食べ物になります。食べたことはありませんがチーズの様な風味だそうです。遣隋使で活躍した小野妹子が、この「蘇」が好きだたっという逸話が残されていました。醍醐味という言葉があります。意味を調べると「深い味わい。本当の楽しさ」と説明されていますが、この言葉は仏教用語になります。乳を精製していく過程で「乳(にゅう)・酪(らく)・生酥(しょうそ)・塾酥(じゅくそ)・醍醐(だいご)」と変化していくそうで、最後の醍醐味が仏の知恵に相当するという例え話から生まれた言葉になります。この醍醐味が、実は「蘇」らしいのです。蘇我は、「我は蘇である」と読むことが出来ます。仏教を宣揚した蘇我が、自分のことを醍醐味になぞらえた言葉遊びをしていたら面白いな……と考えていました。

 

 ――天橋立と蘇我に何かしらの因縁があるのだろうか?
 

 考えすぎなのは自分でも分かっています。ただ、前回に紹介した物部神社の蘇我石川宿禰命といい蘇我の痕跡らしきものを拾い上げることが出来たのは、僕にとって大きな収穫でした。観光客で賑わう中、天橋立の北端にスーパーカブを走らせてみます。住宅地を抜けた先に松林が立ち並ぶ天橋立の砂丘が見えてきました。案の定、車止めがあり立ち入りが出来ません。出来ないはずなのですが、妙な看板を見つけました。

 

 ――車両通行禁止 125ccの原動機付自転車は除く 京都府

 

 言葉通りに受け止めれば、この観光客でごった返している天橋立にスーパーカブごと侵入することが出来ることになります。でも、俄かには信じることが出来ません。念のためにスマホを取り出してググってみました。

 

 ――本当なんだ~。

 

 走れるのなら、走らないという選択肢は僕にはありません。意を決してアクセルを回しました。特に期待していなかった天橋立でしたが、非常に楽しゅうございました。観光客が多いので、自転車と同じくらいのスピードで走ります。立ち止まっては写真を撮りました。ただ、やっぱり気が引けます。スーパーカブを乗り入れているのは僕だけですから。周りと比べてあまりにも浮いていました。松林を抜けて中腹までやってきった時のことです。前方から僕と同じように、テントを積んだスーパーカブがやってきました。目が合います。手を挙げて挨拶を交わしました。

 

 ――同志!

 

 そんな気持ちです。遠く離れた異国の地で同胞に出会ったような嬉しさがありました。肩身の狭い思いを……してはいないのですが、とにかく嬉しい。その後は勇気百倍でした。大きな松の木の下にスーパーカブを寄せて、パチリ! 素晴らしい景観地を見つけては、パチリ! スーパーカブを主人公にして写真を撮ります。そんなこんなで天橋立を渡りきると、急に渋滞に巻き込まれました。日本三景は伊達ではありません。北よりも南の方が観光客の多さが圧倒的でした。

 

 その後、宮津を抜けて向かう先は、20kmほど先にある「日本の鬼の交流博物館」になります。府道9号線を南下していくのですが、ずっと上り坂でした。50ccのスーパーカブにとって上り坂は、とても苦手です。馬力がないのでスピードが出ない。でも、この道はとても良かった。宮津街道というそうです。道がとてもキレイで、森が美しくて、交通量が少ない。普甲峠からは宮津の町並みや宮津湾が一望できました。