――NHKの大河ドラマ「光る君へ」を視聴されていますか?

 

 これまでの人生の中で、大河ドラマを熱心に観てきたことはないのですが、この「光る君へ」は毎週欠かさずに観ています。日曜日の夜のドンピシャの時間帯に観ることはなく、主にNHKプラスにお世話になっています。戦の合戦がない大河ドラマということで当初は不安視されていたようですが、安定した人気のようです。かく言う私も、毎週観るのを楽しみにしています。で、今回は第27回「宿縁の命」について、さらっと振り返ってみたいと思います。ここからはネタバレになります。注意してください。

 

 主人公は、「源氏物語」を執筆した紫式部であり、ドラマの中では「まひろ」と呼ばれています。まひろは、幼い頃から後に左大臣になる藤原道長と知り合いであり、しだいに恋仲へと発展していきました。しかし、身分の高い道長と一緒になるということは、正妻ではなく妾しか道がありません。「まひろのことが一番好きだ」と言う道長に対して、「耐えられない」といって、まひろは道長の誘いを断ります。

 

 時代が進み、道長は二人の妻を娶り多くの子供が誕生しました。また、まひろは自分の父親の友人である藤原宣孝の妾になります。藤原宣孝は父親と同世代で、まひろが幼いころから知っていました。気が強く賢いまひろのことを、宣孝は大層気に入っていたのです。そうした二人の男性が絡み合うのが、今回のドラマでした。

 

 藤原宣孝は、まひろと左大臣道長が若い頃に関係があったことを知っています。そんな宣孝がまひろとのケンカの折に、つい口を滑らせてしまいました。

 

「そういう可愛げのない所が、左大臣様も嫌気がさしたのではないのか?」

 

 烈火のごとく怒ったまひろは、手元にある火鉢から灰をすくいあげ宣孝に投げつけました。それ以来、宣孝の足がまひろから遠のきます。憂鬱な日々を過ごす中、気分晴らしにまひろは家の者たちに石山寺詣でに誘いました。その石山寺で、なんと藤原道長に出会ってしまうのです。

 

 長い間、会うことのなかった二人。お互いに近況を語り合いながら、だんだんと打ち解けていきました。昔の二人に戻ったかように話が弾みます。しかし、二人はお互いに立場がありました。沈黙が訪れます。先に口を付いたのはまひろでした。

 

「供の者たちがおりまするゆえ、戻らねばなりませぬ」

 

「引き留めてすまなかった」

 

 ぎこちない言葉を交わし合い、二人は別れます。去り行く道長の背中を、まひろは見つめます。終わったかに見えたその瞬間、階段を上っていた道長が、慌てたように駆け下りてきました。その道長の目を、まひろが見つめます。二人は見つめ合ったまま、お互いに駆け寄りました。固く抱きしめ合います。愛おしそうにまひろの頬を撫でる道長。親指でまひろの唇をそっと撫でました。そのまま口付けをします。燃え上がった二人は、一夜を共にすることになりました。寝所のなかで、まひろを見つめる道長が問いかけます。

 

「もう一度、俺のそばで生きることを考えないか?」

 

 息を呑むまひろでしたが、道長を見つめます。

 

「お気持ち、嬉しゅうございます。……でも……」

 

 まひろが、見つめていた視線を外します。

 

「俺はまた振られたのか?」

 

 続く言葉が出てこないまひろのことを、道長は優しく抱きしめました。この偶然からの逢瀬によって、まひろは懐妊してしまいました。

 

 妾ではあっても宣孝という夫があるまひろ。そんなまひろの元に、また宣孝が通ってくるようになります。当時は妻問婚といって妻が家を守っていました。夫は、妻の元に通ってくるのです。これが、当時の夫婦の形でした。宣孝は、まひろの懐妊をとても喜びました。しかし、出産の時期を逆算すると、まひろと宣孝がケンカをして足が遠のいた時期に授かったことになります。つまり、子供の父親は左大臣の道長でした。

 

 まひろは悩みます。賢い宣孝が、その事に気が付かないわけがありません。しかし、宣孝はその事をおくびにも出そうとはしないのです。ある夜、悩んだ末にまひろは宣孝に告げました。

 

「殿……お別れしとうございます」

 

 まひろの真剣な眼差しに、宣孝は優しく諭します。

 

「このような夜更けに、そのような話はよせ」

 

 強い気持ちで、まひろが即答しました。

 

「この子は、私一人で育てます」

 

「何を申すか。そなたの生む子は、誰の子であろうとワシの子だ」

 

 思ってもみなかった宣孝の返答にまひろが息を呑みます。宣孝は姿勢を変えて、まひろの前で胡坐をかきます。明るい口調でまひろに呼びかけました。

 

「一緒に育てよう。それでよいではないか」

 

 まひろは目を大きく広げたまま言葉が出ません。宣孝の顔をジッと見つめました。そんなまひろに、宣孝は問いかけます。

 

「ワシと育てるのは嫌なのか?」

 

「いえ、そのような……」

 

 首を横に振り、まひろは視線を下げます。そんなまひろに、宣孝はゆっくりと語りかけました。

 

「ワシのお前への想いは、そのようなことで揺るぎはせぬ。……何が起きようとも、お前を失うよりは良い」

 

 呆然とするまひろは言葉が出ません。そんなまひろに向かって宣孝は、いつもの明るい口調で語りかけ、まひろのお腹に手を伸ばし優しく擦りました。

 

「その子を慈しんで育てれば、左大臣様もますますワシを大事にして下さるだろう。この子はワシに福を呼ぶ子かもしれぬ。持ちつ持たれつじゃ」

 

 更に宣孝は畳みかけます。まひろに近づき、両手でまひろの手を握りました。二人は見つめ合います。

 

「一緒になるとき、お前は言った。私は不実な女であると。お互いさま故、それで良いとワシは答えた。それはこういうことでもあったのだ」

 

「……殿……」

 

「別れるなどと、二度と申すな」

 

 宣孝が笑いかけると、まひろは目に涙を浮かべながら笑みを浮かべました。

 

 もともと、まひろと宣孝の結婚はお互いに打算でした。結婚が遅れたまひろは、生きるために父親ほども年の違った宣孝と結婚をします。宣孝は宣孝で、幼い頃から気に入っていた娘ほども年下のまひろのことが気に入っていました。結婚をしていたにもかかわらず、妾としてまひろを迎えるのです。そんな二人でしたが……。

 

 ――宣孝、格好良いやないか!

 

 現代であれば、「ダブル不倫」と揶揄され、「誰の子だ~!」と一喝されるような場面なのですが、なぜか感動させられます。これは平安時代だからなのでしょうか? 僕的には、道長とまひろの元カップルの逢瀬も面白かったのですが、佐々木蔵之介が演じる藤原宣孝がイケおじ過ぎて刺さりました。格好良すぎです。

 

 現代の日本は、一夫一妻の社会です。この様なシチュエーションは許されないのですが、それはいまの社会がその様に規定しているからです。良い悪いではなく、そうした価値観を僕たちが共有しているということを理解することは大切だと思います。別に、一夫一妻の価値観が嫌だと言っているわけではありません。僕は妻のことが大切だし、不倫が羨ましいわけではありません。

 

 ただ、飛鳥時代の世界を描こうとすると、どうしても当時の恋愛観と対峙する必要があるのです。当時は現代よりも、もっと性に大らかでした。聖徳太子にしても、妻が四人いました。現在の所、そうした四人の妻をどのような描いたら良いのか、全く定まっていません。そのような僕にとって「光る君へ」は、大切な教科書になっています。