「囀る鳥は羽ばたかない」56話の私的ネタバレ覚書。

ヨネダ先生が意図的にそうしていると以前雑誌でおっしゃっていましたが
「囀る」って心情を詳しく表現せず、読者にどう読む?どう感じ取る?と解釈を委ねる描写が多いんですよね。
はっきり伝えたいことははっきり描くし
委ねたところも後々答え合わせがあったり(なかったり)するんですけど

今回は全体的にまさにそれ
人によって解釈がここまで極端に割れたことってないのでは。

打ちのめされた
耐えられない
今後も期待できない
読み返せない
当分離れる、戻れないかも

という人と

これが今のふたりの最適解
なんだかんだでラブラブ
愛が駄々洩れ、次が待ち遠しい

という人と。
同じ漫画読んでこんなに捉え方が違うなんて。
でも今のところ、どちらが正しいというわけではない。
各々の解釈に委ねられているわけだから。

で、
「お前はどっちだ!」と詰め寄られれば
即答で後者です。
悲観的ではない、と言う意味で。

そんな56話ですけど
今回、全ページ全コマ大事。
や、それはいつもですけど今回は全編ピーク
「イントロからラストまでサビ」と言われるKAN氏の「愛は勝つ」みたい。
おそらく「囀る鳥は羽ばたかない」という物語の最大の山場

※毎度の注意事項:
 以下がっつりネタバレ含みます。
 登場人物の心情とかストーリー解釈とかは
 あくまで個人の感想・深読み・妄想です。

特に今回は上記を踏まえ、
この注意事項を大声で。


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そばにいるための
理由が欲しい

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扉絵は上半身裸の、何も纏っていない矢代だけど
これはたぶんふたり共通の想い。
つまりふたりとも相手のそばにいたい。
でもふたりとも
なにか『理由』がなければいられないと思い込んでいる。


新章が始まってからずっと渇望していた、
でももうないのかも、とあきらめていた
百目鬼のモノローグがついに来ました!!

3行ですけど。
でもとても重要。
これまでの百目鬼のすべてが凝縮された3行。

感情を押し殺してきた
この人が
逃げないように


チラ見せで2行だけ明かされたとき、
感情を押し殺してきた矢代が、と読んだ人もいたようですけど
百目鬼が稀代の倒置法使いにして主語省略の鬼とわかっていればこれは
「(俺=百目鬼は)感情を押し殺してきた。
 この人(矢代)がなんちゃら」
と補完してすんなり読めるはず。

「でしょうね知ってた」案件だけど、はっきりさせてくれたことに感謝。
すっきり。

奪った煙草に火をつけて吸う。
もしかして百目鬼、煙草は初めて吸ったのかな。
「うまいか?」と矢代に聞かれて感想を述べる百目鬼の顔が
初めての煙に微妙な反応をする高校生みたい。

その煙草をすぐもみ消し、SDカードを矢代に見せる。
井波から奪った。なにかしらの映像が入ってる。
矢代がすぐにピンとくる。
観てないならまだ知らない?と期待する隙もない。
知られた。自分が百目鬼以外には反応しないことを。

百目鬼、ガンガン問い詰める。
何度達したかわからないほどよがったことを矢代が「体の相性がいいだけだろ」とにごす。
これすごいこと言ってますよね。
イイと認めてるんですよ。
4年前百目鬼の優しいセックスを全否定した矢代が。

いつからそんな体に、とさらに問う。
握り拳に力を込めながら。
この、握り拳ギュッは
自分のセックスが嫌ではなかった・車内での罵倒は嘘だった、と確信できた喜びか、
この人がそんなことになっているときにそばにいなかった自分に対する苛立ちか。

それには答えず質問返しで百目鬼の4年間を聞く。
どうしても『女』のことが気になる矢代。
影山の時もそうだったように、矢代は男の自分が女に敵うわけがないと思っている。
影山は高校時代の彼女も久我も、自分で焚きつけて傷ついていたけど百目鬼の「女」は気になって仕方ない。

百目鬼が薄く微笑んで(!!)

俺に興味があるなんて意外です

いやなに言ってんの百目鬼、矢代は前から百目鬼に興味津々、聞きまくりだったじゃん。
妹のこと、初体験のこと、メールも見たがるし。
どうして「矢代さんは自分に興味なんてない」と思い込んだんだろ。
…逃げられた時点でか。

興味がある、と指摘された矢代は会話を切り上げようとする。
引き留める百目鬼の手を振りほどき、背を向けまた「女」を引き合いにして悪態をつくと
百目鬼に壁ドンされる。

俺としたいんですよね
俺じゃなきゃ気持ち良くないんですよね


言及されまくって矢代も余裕を失う。
こんなに焦って我を忘れた矢代の顔、見たことない。

仕方なく俺の性欲処理してただけだろ
何のメリットがある


と言われた百目鬼の表情が曇る。
『性欲処理』は井波から矢代を引き離し、上書きするための方便。
それこそ感情を必死で押し殺し、矢代の身体に触れ、井波の感触を上書きし続けた。
「それは違います」と言えば感情があふれてしまう。
迷いつつ、矢代の言葉を借りて返す。

相性がいいのはお互い様です

さんざん義務的にヤっといてか


嫌でしたか?と聞くと
「淫乱呼ばわりして
 酷いことも言ったよな」と返してきた。
これ矢代ははっきり「嫌だった」と答えてる。
むき出しの本音。
そんな矢代を見つめる百目鬼。
確信したかもしれない。矢代の本音を。

この人は俺にしか反応しない。
俺の4年間を気にしてる。
拗ね始めた。
酷い扱いも酷い言葉も嫌だったと認めた。
逃さない。追い詰めまくる。
もう大丈夫かもしれない、
でも不安が大きすぎる。

そして56話のハイライト。

百目鬼はまっすぐ矢代の目をうかがうように見据え

酷いの 好きでしたよね

初読ではこのセリフに衝撃を受けた。
これは矢代に絶対に言ってはいけない言葉だ。
過去に義父から言われた言葉と同じ。
「痛いの 好きだよな」
5巻で百目鬼に抱かれ、達したときにフラッシュバックした場面。
どうでもいい男たちには自分から言ってきたけど
百目鬼にだけは言われたくない言葉。
嫌だったと言ったのに、まだ言うのか。
ああ、そうか、百目鬼はもう俺のことは。

…という感想を持ったんだけどすぐ思い直した。
幼少期からのトラウマは消えてはいないし、簡単には癒えない。
でもここの矢代の表情を見るに
義父がどうこうよりも目の前の百目鬼だ。

身体が百目鬼にだけ反応することを認め
再会後の百目鬼に傷ついていたことも白状した。
それでもそんなことを聞いてくるということは
もう自分は百目鬼にとって、酷い扱いで百目鬼自身の性欲を処理する相手でしかない。
(女相手には激しいセックスを自重していて欲求不満なのかもしれないとか)
でも好きじゃないと答えたら、こんどこそ百目鬼は自分から離れていくかもしれない。
なんでもいい、離れたくない。ならば。

顔を上げた矢代は
この世の終わりのような顔で言う。

…好きだよ

虚を突かれたような百目鬼の表情。

4年前、感情をぶつけて大事に抱いて
その結果矢代に逃げられた百目鬼は
そのまま極道の世界に居続けた。
自分を曲げ、泥水を啜り、手を汚し、なぜか背中も汚し、
いつか矢代のそばに戻ることだけ考えて。
次は失敗できない。絶対にだ。
4年間考え抜いての作戦は「感情を押し殺す」

俺のセックスを否定して罵倒したこの人が俺にしか反応しない身体になり、
俺と相性がいいと言った。
感情のこもらない『性欲処理』を嫌だと言った。
以前は代名詞のように自分から言っていた『淫乱』も。
己の感情は隠したままなお追い詰める。
腰を引き寄せ、矢代の脚の間に自分の脚を差し入れて刺激し、簡単に反応する矢代を見据えながら最後の確認をぶつける百目鬼の表情は
迷いも懇願も潜んでいるように見えた。
このままこの態度を続けていいのか。
酷いのは嫌だと否定してくれ。
でも。

酷いのが「好き」と言わせたのは自分だ。
「もう何もかもどうでもいい」みたいな表情させたのも自分だ。
必死で堰き止めていた感情のダムが決壊した。

壁ドンのままキス。
毎度のことながら、キスの時まず矢代の頬に百目鬼が手を添えるのが好き。
舌を絡め、唇を離して見つめ合い、またキス。
(唇を離した時の糸引きも大好物)
(何度でも言う)
矢代が百目鬼の首に両腕を回してしがみつくと百目鬼も深く攻め込んでいく。
上着と手袋を脱ぎ捨て、矢代の身体に舌を這わせながら降りていき、自分にだけ勃つそれを口に含み、吸いながら、矢代の様子をうかがう。
吐きそうな気配もない。
嫌がってやめさせようともしない。
肩に腕をつき、受け入れて感じている。
(この、感じている矢代の表情が綺麗でかわいいんだ)

出されたものを飲み下した百目鬼は
頭を矢代に抱え込まれたまま、確信したと思う。
自分の抱き方で大丈夫だと。
呆然とする矢代の手を引きベッドに寝かせ、自分もすべて脱ぎ捨てる。
そう、今回はすべて。ズボンもパンツも全部!
矢代の様子を確認しつつ乳首を舌と指で攻め、後穴を指で攻め、その穴を舌でも攻め立てる。
矢代が放出すると、また咥え込む。

怒涛の愛撫を続ける百目鬼に矢代が問う。

これ、何のセックス?

酷いのが好きなんですよねと言いながら酷くしない。
キスも愛撫も激しいけれど優しい。
身体中をなめながら矢代の様子をうかがう百目鬼の顔は
レクサスの後部座席で、百目鬼のアパートで、矢代に向けられた『雄の顔』。
自分を欲しがる顔。
ついさっきまでの百目鬼とは別人のよう。
快感に翻弄される。
これなに?

少し間をおいて出した百目鬼の答えは

節操がないので
ただやりたいだけです
それ以外にありません


それを聞いて矢代は薄く笑う。
私はここも、初読では百目鬼のこの答えに矢代がまた傷ついたと思った。
「笑える」
という、決まり文句が聞こえてきそうな顔に見えて。
(すぐ傷つく薄張りガラスのイメージだから)
でも読み返すと、肩の力が抜けていて、少し細めたその目は穏やか。
矢代は気づいたのかもしれない。
百目鬼が仮面を被っていることに。
ただやりたいだけと感情抜きのようなことを言いながら
その唇も、舌も、指も、目も、強く激しくそして優しい。
矢代がずっと求め続けていたもの。

酷いのが好き、と答えた自分に百目鬼は酷くしない。
それなら。
「やりたいだけ」という言葉を受け入れようか。
お前がこんなふうに抱いてくれるなら。

欲望むき出しの男の顔を見上げ、首に腕を回してその顔を引き寄せ、舌を絡ませ、ぽつりと言う。

いいな それ

******

矢代もそして百目鬼も
「そばにいるための理由」を「体の相性がいい」に。
愛情を押し隠し、お互い「相手が俺を求めるから」。

(「セフレ」と言う表現はあえて避けたい。
 なぜならば私がその言葉が嫌いだから)
(でもこういうこと考えてると次回とかで矢代が七原にさらっと「セフレだし」とか言っちゃいそうなんだよなあ)

あなたのことが好きだと言えないふたり。
それを言ってしまったら相手が逃げてしまうと思い込んでいるふたり。
自分では言えない、だから相手に言わせたい。
好きだと。
そばにいてほしいと。
もう離れたくないと。
言ってくれれば、「俺も」と言えるのに。
言わせたくて、追い詰めて、あるいは本音をぶちまけて。
それでも言ってもらえなくて。
どんどん迷い込んでいくふたり。

矢代はもう本音を隠せなくなっている。
百目鬼の詰問にすべて本音で答えてしまった。
先を読み裏をかき、汚れた世界を生き抜いてきた矢代は追い詰められることに慣れてないからか顔に言葉にすぐぼろを出す。

でもまるで女子中高生みたいな物言いだなとも思った。
あなただってほかの人と付き合ったりしてるじゃん!
あたしのことなんかどうだっていいんでしょ!
あたしのことバカにしに来たの!?
あたしのことなんかほっといてほかの子と仲良くしてればいいじゃない!
…百目鬼、元カノにこういうこと言われたりしてたかな。

一方で百目鬼はまだ想いを押し殺し続けようとしている。
告白して、優しく抱いて、酷いこと言われて捨てられた心の傷が深いのはわかるんだけど。
矢代がまた逃げないように自分の感情は隠し続けなければと思い込んだまま。
でも言葉に出さないだけで、顔にも愛撫にも感情駄々洩れなんだよなあ。

今回、とにかく
ふたりの表情が全コマとても豊か。
矢代も今まで見たことない顔を次々披露してくれたけど
百目鬼のその豊かさに驚きまして。
特に微笑み!!
こんなにはっきり微笑んだのって
2巻で七原に対してはにかんだ時以来よね。
7巻で再会後、神谷に「あれがおまえの」と話しかけられた時も、どうとも取れる微妙な表情だったけどあれってやっぱり、矢代が自分を覚えていたことに対して口元が緩みそうになるのを必死でこらえていたのね。
今回、その微笑みに自虐や自己否定が潜んでいるように見えても。

いつか百目鬼の「笑顔」が見たいな。


前置きの話に戻るけど
今回、私が56話を前向きにとらえたのは
建前がどうあれふたりが離れない選択をしたこと。
今は想いを隠したままだとしても。

感情を押し殺し、酷い扱いをしなければまた逃げられると思っていた百目鬼が酷い扱いをやめたんですよ。
売り言葉に買い言葉で本音を覆い隠していた矢代が本音をぶちまけたんですよ。
前進じゃないの?

今後、組の抗争やらなんやらに巻き込まれて考えたくもない危険な展開が繰り広げられるだろうけど
そんな中でなにかが大きく変わるかもしれない。
大きな変化が起きるときに、ふたりが離れないでそばにいることに意味がある。

次号の予告にもヨネダ先生のお名前。
それまで毎日56話を読み返し、ふたりの表情を深読みしまくる。
これまでのも読み返す。

また感想が変わるかも。
それも囀るの楽しみ。

※最後に
百目鬼がすべて脱ぎ捨てたので、脚の傷を確認できました。
お尻が綺麗なことも。
お尻が綺麗。なんとなくうれしい。