昨日の四十九日法要で、やっと一段落、でしょうか。
土曜日は母の友人2人が御線香をあげに来てくれたりして、前日までバタバタの大忙しでした。
当日は、お骨や位牌、写真、お花等々、荷物が多いのを察して、いとこが車で迎えに来てくれたので助かりました。(が、のちに大問題になる・・・)
昨日は東京マラソン開催日。
お寺が浅草にあるため、来てくれる方々も交通規制に引っ掛かって大変だったと思います。
無事に納骨等を終え、宴会?会場へ。
親戚たちはとにかくお酒が好き、話すのが好き。
通常なら2時間のところをあえて3時間予約して、ゆっくりしていただきました。
葬儀の際も、「いいお葬式だったよね。」と親戚の多くの方々に言っていただきましたが、葬儀屋さんにも、「数多く葬儀に立ち会っていますが、最後まで和気あいあいとしていて、なかなかこういう雰囲気はありません。」と言っていただきました。
昨日もみんな楽しく飲んでおしゃべりしてくれて、にぎやかなのが好きだった祖母にとっては、いい供養になったと思います。
さて、会もあとは〆の挨拶を残すだけとなった最後の最後になって、叔母が叔父にいろいろくってかかって、泣きながらぎゃんぎゃん騒いでくれちゃって。
今回うちは、主催側、ですよ?
親戚に遠い中、来てもらっている立場。
気持ちよく帰ってもらうためにいろいろ努力してきたのは叔父やうちの母で、何一つかかわらずこっちに任せっぱなしだった叔母が、いったい何してくれるんだ、って感じです。
親戚が帰ったあと、身内だけになってから言えばいいことです。
普段は誰より短気な叔父も、「いいか場所を考えろ。そんなのあとだ。今日はおふくろのための日だぞ?」と冷静にいくら諭しても、叔母はぎゃんぎゃんわめきっぱなし。
ずっと楽しく進んでいた会も、その揉め事にみんな釘付けです。
叔母の不満は、うちの母に対して、叔父に対して、自分の息子A(私たちを車で送ってくれたのがこの叔母の息子です)に対して・・・と、さまざまに積み重なっています。
この日Aが、自分ではなくて、母と私を車に乗せて来たってことも面白くなかったもよう。
実は事前にうちにTELがかかってきて「Aはうちの子か、そっちのうちの子か!」って、怒鳴られてたんですね。
でも運転を申し出てくれたのはAであって、うちからAをこき使ってるんじゃないんですね。
Aもそのお嫁ちゃんも、叔母にも電話して「途中で拾っていくから一緒に乗っていきましょう」って誘っているわけです。
それには「電車で行くから」って頑なに断るわけで。
自分を先に誘ってくれて、そのあとに私たちに声かける、という順番なら納得したんでしょうか。
叔父からしてみれば、「俺たちのおふくろのお骨を運んでくれるだぞ?亡くなったとはいえ、俺たちの親のために車で迎えにいくことがそんなに不満か?」という思いなわけです。
まあそれは単にひとつの不満にすぎなくて、どうやらいろいろたまっているらしくて。
一番可哀そうだったのは、Aでした。
なんと叔母はAに対して、ビンタしたのでした。
35才も過ぎた男がですよ?嫁や親戚30名以上いる前で、母親にひっぱたかれるなんて、どんなに屈辱的だっただろうと思います。
むっとした顔をしていましたが、そこは息子の方が大人です。
場所を考えて、ぐっと我慢で口答えひとつしませんでした。
周りがなだめても叔母の騒ぎが止まないので、叔父が立ち上がって、気分を変えるように明るい調子で〆の挨拶に入りました。
まったく・・・60も過ぎてなにをやってるんだか。
叔母の分別のなさが、台無しにしてくれた感じです。
夜になって親戚からもTELがかかってきて、「それにしてもまあ○○は・・・、大人になりきれてないよねえ。あれは大人の対応じゃないね。」と言っていました。
叔母は叔母で自分の味方が作りたくて、あっちへTELし、こっちへTELし、うちの悪口をいっては自分の意見に引き込んでいる様子。
母も、もう付き合いがなくなってもいい、って言っています。
祖母が亡くなって、もう叔母に協力してもらわないとならないこともないし、今までもこっちがなにかと叔母の世話をしている立場です。
たびたび借金を申し込んできて、今だって、母も私もお金を貸している状態。
これで縁を切って、もう借金を申し込めずに困るのは向こうであって、正直こっちはなんにも困りません。
叔父も同じことを言っています。
いつもこっちがなにかと面倒を見てあげる側で、あいつにそっぽを向かれても、何一つ俺は困らない、と。
まーったく・・・、最後の最後でケチつけられた感じの四十九日となりました・・・。
うちの恥をさらすようですが・・・、うちだって言われっぱなしじゃストレスたまります。
ここで吐きだしました(笑)