キリスト教の理想郷『牟志賀』
年末は30日のこと。
近距離ですが、南のほうへドライブしておりました。
目的地は『宮崎県延岡市無鹿町』です(。・ω・)ノ゙
ま~た訳の解らん場所に行ってました♪(´∀`*))ヶラヶラ
以前、NHKの『その時歴史が動いた』にて、豊後(大分)の大名『大友宗麟』の話を取り上げてたのを見てね♪
是非!行ってみよう♪
という感じで( ´艸`)グフフ
ここ『無鹿』は、今からおよそ430年前に大友宗麟がキリスト教徒の『理想郷』を築こうとした地なのです。
大友宗麟は『キリシタン大名』として知られており、イエズス会の宣教師・修道士を保護してた敬虔なキリスト教徒と、九州統一のために戦に明け暮れる戦国大名ととの間でジレンマに陥ってたようです・・。
南九州の薩摩国の島津義久と九州覇権を争う戦いを自らの『最後の聖戦』と位置づけ府内(大分市)から船を出し上陸した地を『牟志賀(現在の無鹿)』と名づけたそうです。
この『牟志賀』という言葉は、ポルトガル語で『ムシカ(ミュージック)』なんだそうです。
キリスト教の賛美歌を初めて聴いたときの宗麟の感動がこのような名前を付けるに至ったのでしょうね♪
がしかし!
家臣が全てキリスト教徒では無かったことで、全く統率の取れない大友軍は大惨敗・゚・(ノД`)・゚・。
理想郷『牟志賀』は3ヶ月で撤退だったそうです・゚・(ノД`)・゚・。
今現在の無鹿町には、当時の面影なんて全く有りませんでした(´∀`*))ヶラヶラ
430年も経ってるんだもんね(*´Д`)=зプハ~
名前が残ってるだけでもすごいことだよ。
ローマ法王も来なさい!
