毎年、社中の皆さんが私の誕生日に贈ってくださる『茶書古典集成』。今年は神屋宗湛日記関連です。

 3は自分で買いましたので、プレゼント頂いたのは1と4と5です。

 これ、1巻から順に発売されている訳ではないらしく、今年は2巻と7巻が発売されているみたいですね。

 なかなか読みすすめるのが大変な本で、余暇が出来たらデータベースにまとめようと思っています。

 読むにはアナログが好きなのですが、探すにはデジタルアーカイブの方が楽なので(笑)

 天王寺屋会記・松屋会記・神屋宗湛日記は茶書の三大会記集で、名前ぐらいは覚えておいた方がいいと思います。

 天王寺屋は堺の豪商、松屋は奈良の豪商、神屋は博多の豪商で、様々な人物が茶会記に登場します。こうした会記を学ぶことは、その人物がいつ何処に居たかの証明にもなりますし、道具が誰の手にあるのかも分かります。

 さぁ! 頑張って読みましょう!

 ブログを読まれている方は、何度も見聞きされていると思いますが、改めて物語の重要性を書いておきたいと思います。

 

 物語とは「道具を使う必然性」です。

 

 その席において、道具として役割を持っていない物はないのですが、どうしてその道具でなければならなかったのか、何故その道具を使ったのか――という明確な理由が「物語」と呼ばれます。

 

 それは単に「格が合う」とか「色味的に」ということではなく、何らかの意図を亭主が持って用いる事をいいます。

 

 例えば、重陽の節供に「菊割建水」を用いれば、それは「菊」の意匠化された物であり、「掬水月在手」であれば、「掬」の音と「菊」の音が同じであることから用いていることが解ります(この辺りは分かりやすいほうです)。

 

 一閑人井戸蓋置なら、菊慈童に因んだものか?と考えますし、火箸が菊頭なら「なるほど」と頷きます。

 

 棗なら高台寺が分かりやすいところです。

 

 ただし、こうした物語は「3つ」ないし「2つ」までの重ねにしたほうが良く、菊慈童のようにそのものを示唆しない「不在の物語」の方が上級者と言われます。

 

 絵やそのものの形(菊頭火箸・菊割建水)で2つ、字で1つ(掬水月在手)、「隠し」で1つ(一閑人井戸蓋置)というのは重なっていることにはなりません。

 

 つまり、「隠し」は「不在」なので重ねたことにならない訳ですね。

 

 炉開きの「開く」で「鮟鱇」というのも「不在」に含まれます。

 

 吉村楽入さんの個展でお目にかかった宗徧流正伝庵の岩田宗匠が仰られましたが「上手いコジツケ」が「物語」と言えるかと思います。

 

 岩田宗匠はとても上手な物語を組まれる方ですので、お席に伺うのがとても愉しみなんです。

 

 また、煎茶道の知られていない棚物を上手に流用されてもいますので、素晴らしい茶人だと尊敬しております。

 

 私ももっともっと精進して、より深く愉しめる道具組みを目指して参りたいと思います!

 

 

 

 

 私の心の中の至上の茶入は、御家流さんのお茶会でみた「真緑の古伊賀茶入」なんですが、それに少しだけ似た苔色の茶入を見つけました。

 

購入元:ヤフオク
購入額:★★★★★★★★★★★★

 

 素敵でしょう?

 

 腰下まで広がった苔色の釉景、斑になった苔下にみえる飴色の部分がまた素晴らしい。森本陶谷氏の作は2つ目ですが、この方の茶入、好きです。

 

 この苔色から、後藤瑞巌老師は「君が代」を思い描かれて「栄千代」という銘をお付けになられたと思うのですが、どうにも気に入らない(ぉぃ

 

 

 

 そこで、和歌で苔を使った歌はないかと探しましたら、次の歌がありました。

 

朝霜の 岡の紅葉は 思い知れ おのが下なる 苔の心を 藤原定家

 

 『拾遺愚草員外 藤川百首』に収められた歌で「あさしもの にはのもみちは おもひしれ おのかしたなる こけのこころを  定家」と書かれているそう。

 

 冬の第二番の歌で、炉開きにはぴったりではないかと思います。

 

 この歌から「苔心」としてしまうとストレートすぎるので、「朝岡(あさには)」とするのはどうでしょう?

 

 炉開きは炉の半年の朝に当たりますし、「には」というのが、苔や霜を連想させるので、ピッタリかと。岡には小高い土地の意味があり、市中の山居に繋がる響きがありますしね!

 『拾遺愚草』とは、藤原定家の自撰家集で、建保四年(1216)正編の三巻が成り、以後何次かにわたって追補され、最晩年に員外(続集)一巻を編むことによって最終的に成立したものだそうです。

 

 『藤河(川)百首』とは、『拾遺愚草』員外の末尾に加えられているが、後人の増補であるといわれています。単行のものは続群書類従に所収されているそうです。

 

 この歌は聞いたこともなかった歌なので、こういうところで拾い上げて知ることができたのは幸運です。

 


 問題はこの仕覆。
 縦縞に荒磯文。金襴かと思って見るも、明らかに緞子(純子)。調べると「縞織」というものが出てくる。荒磯文で古帛紗を調べてみたら、あった!

「縞織荒磯純子(どんす)」が正解ですね。スッキリ!

 

 

 

 昨日は、ご新規さん(Yさま)をお迎えしての炉開きの「お茶会へ行こう」でした。


 お弟子さんたちは都合が悪く誰も居なかったのですが、常連さんお一人とご新規さんお一人、そして宗靜先生と私の四人で開催となりました。


 道具立ては「炉開きに因んだ物」です。「亥の月亥の日亥の時に亥の子餅を食べる」ので、亥の蓋置や、五行の水を示す水指棚、冬の玄を示す黒織部、茶入に引いた歌も冬の二番で、荒磯緞子に網目蒔絵の飾棗で瑞兆を逃さず集め、茶杓の神楽で、神楽殿を入れて、神無月に神のお戻りを乞う……と、まぁ、こんなところです。七宝文の建水がいささか浮いておりますので、何か他のものを添えられたら……と思います。


 打って変わって薄茶は「すべての基本となる三重棚で初心に返って稽古しましょう】の意味を込めました。蓋置に福の字があり、鮟鱇は大きく口を開けて福を呼び込むという意味になります。これも炉開きの「開ける」に掛かる訳です。


 さて来月は12/22。新暦年内最後のお茶会へ行こうとなります。揮ってご参加くださいませ。


令和六年十月十日

 甲辰年乙亥月戊寅日

床 掛軸 壺中日月長 方広寺五代管長河野宗寛老師筆 

  花入 瓢 笠井宗裕贈 

  花  季のもの

釜 姥口撫肩釜 佐藤浄清作

  炉椽 呂色塗 岡本陽斎作


濃茶

棚 水指棚 即中斎好 川瀬表完作

 水指  黒織部 時代物

 茶器  丹波 肩衝 森本陶谷作 拙銘『朝岡(あさにわ)』

      朝霧の岡の紅葉は思い知れ

      おのが下なる苔の心を 藤原定家

     後藤瑞巖老師銘『栄千代』

  飾棗 金網目蒔絵朱中棗 道場宗廣作

 茶盌 主 瀬戸黒 末広 加藤宇助作 銘『傾奇者』

  茶杓 榊 永田宗伴作 銘『神楽』

   蓋置 竹 中節 拙銘『宇喜多』

   建水 仁清写 七宝文 加藤昌山作

 菓子器 紅葉蒔絵 剥目引重 木村表斎作

 菓子司 亥の子餅 武州板橋 梅香亭

 御 茶 神楽殿 山政小山園詰


薄茶

棚 三重棚 覚々斎好

 水指 瀬戸 一重口 梅村清峰作

 茶器 青漆 鮟鱇茶器

 茶盌 主 箕面 松田箕山作 「孝養」

    次 流し皮鯨 平安尚泉作

    替 瀬戸 粉引手 鈴木八郎作 贈鬼佛庵 昭和四十七年 御題「山」 

    替 瀬戸 加藤鐐三作 贈鬼佛庵  昭和五十四年 御題「丘」 

    替 大阪萩 俵 味舌隆司作 平成二年「晴」

  茶杓 安住樂風作 千家八種 道安写 『石動』

   蓋置 青楽 手捏 福亥 吉村楽入作

   建水 備前 笑窪 泉山作

 菓子器 赤膚山 刷毛目高坏 松田正柏作

 菓子司 献上粕てい羅 奥州磐城平 太平楼

     竹流し    奥州弘前  大阪屋

     花の宵    洛中五条  高野屋貞広

 御 茶 四方の薫 山政小山園詰                 以上



 本日は旧暦十月十日、甲辰年乙亥月乙亥日、十日夜(とおかんや)です。
 

 これは主に東日本で多く行われていた行事で、藁鉄砲で地面を打ってもぐらの害を払うとか、大根の背が伸びて肥え太るのを祈るなどといった、作物豊穣の民間行事です。

 また、月見も行われ「十日夜の月」と呼ばれ、「中秋の名月」「後の月」に対して「三の月」とも呼ばれます。

 似たような行事としては「亥子(玄猪)」がありますが、これは日にちが動く(干支による)のに対して、十日夜は旧暦十月十日と決まっており、川越付近などはこの行事が混ざって「田の亥子」とも呼びます。

 三名月として十日夜の月も数えられますが、大分淡く、あまり知られていないのですが、長野県安曇地方では「稲の月見」と称しているそうです。

 この日に掛ける軸としてはやはり「月」ですが、二つの月で大分掛けてしまっております。そこで俳句などは如何でしょう? 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」有名な詠み人知らずの俳句です。意味も深いですし♪ 「月在青天水在瓶」なんてのもいいかもしれません。