大寄せが大分増えてきまして、喜ばしいのですけれど、濃茶は一向に吸い茶に戻りません。


 私はコロナ禍でも、ずっと吸い茶を続けて居ましたが、誰一人コロナに掛からず、私も母も一度も罹患せず今日まで来ています。


 しかも、私はコロナ禍でも毎日出社し、一度もテレワークせず、今でも毎日マスクせずに通勤しています。


 故に何に怯えるのか?よくわかりません。


 茶カテキンに含まれるEGCGの働きでコロナウイルスが増殖できなくなることや、接触感染がなく、すべて飛沫感染であるということを知れば、各服点てでなければならぬ理由などないことが分かります。


 以前から「濃茶は各服に戻すべき」という風潮はありましたが、私は「一座建立のために同じ共同体への帰属意識を持つための吸い茶」というものを大切にしていて、「それができぬのは似非茶人」とまで公言しています。


 古代に於いて、盟を約するのは「血」によって行いました。神に生贄として差し出した牛の血を酒に混ぜて廻し飲みをすることで、仲間となることが行われたのです。


 盟の字は元々「明」+「血」の会意形声文字で、現在は「血」を「皿」と書くようになりました。


 ここでも「一つ釜の飯を喰う」と同じ呪術的な帰属意識の統一という儀式であることが伺えます。


 その場に集まる同好の士であっても、吸い茶をして一座建立をしたくないというのであれば、それは茶の精神を実践しようとしない道から外れた者――外道ということになります。


 そんなことを言ったって、気心も知れていない人とは嫌だわ〜なんて思われる方もおいででしょう。


 しかし、その気心のしれている人も、元々は知らぬ他人だったのです。そうした新たしい出会いの切っ掛けが吸い茶であってもいいのでは?


 吸い茶を求める人が一人でも増えますことを。


招かれし茶会にありて一つ盌の

茶を啜りしは一座建立 道舜


#道歌 #和歌 #短歌 #狂歌 #茶道 #吸い茶 #濃茶 #廻し飲み

 9月30日(土曜日)、10月1日(日曜日)は、板橋区文化祭茶会でした。

 

 金曜日に有休を取って、荷造りをして、チェックリストも作り、やったんですが、やっぱり何か忘れますね(笑)

 

 一瞬取りに帰ろうかと思いましたが、結局は、「洗心庵は、点前座に腰張があるから、無しで」と。これは案外知られていないのですが、点前座の壁に腰張がある場合や、点前座に窓がある場合、点前座が床付になっている場合は風炉先を使わないのが習いです(他流は知りませんけどね)。

 

 ただ、普通四畳半の点前座は広間扱いするので腰張をしないものです。腰張が点前座にあるのは、小間の扱いなので、そうすると棚物が置けなくなってしまうので、腰張をしないものな訳です。客座には腰張をするものなのですが、貴人口とエアコンがあるために、腰張が点前座と貴人畳についているというのはなんとも面白い(規矩に合わない)茶室であります。

 

 私の席持ちは10月1日。

 朝9時半から始めたにも関わらず、11回しかできませんでした。

 いやー、もっと時間がほしいーーーーーwwwww

 

 それでも、「愉しかった!」「こういう愉しい茶会なら茶道人口が増えますね!」と口々に言っていただけたのは嬉しい限りです。

 

 毎年席持ちできるといいですなー。

 

 デビューの方の点前も何の心配もなかったですし、社中のみんなも少しずつお茶会に慣れてきてくれています。お手伝いの宗眞先生と宗歌先生には感謝感謝です。

 

 来年は、流儀の「扇卓」ですかね。

 

 道具立ては「月見」をテーマに。

 

 月見に石州がなんでですか?という質問もありましたが、答えは単純で、「満月の夜に響くは砧打ち」とか、和歌で「小夜ふけて砧の音ぞたゆむなる月を見つつや衣打つらむ (千載集 秋 338)」などと、歌にも読まれるほど砧と満月は結びついています。

 

 砧は、大きな石の上で、着物をトントン叩く訳で、月に照らされる砧石を見る⇒石を見る⇒石見⇒石見守⇒石州というこじつけです(自分でこじつけって言っていいのか!?)。

 

 石州好の棚物と薄茶器、石州写の茶杓、石州が愛用した利休好みの建水というのが、少し分かりにくい物語だったかと思います。

 

 月探し、如何だったでしょうか?

 皆様はいくつ見つけられましたか?

令和五年八月十七日(令和5年10月1日)

 

 軸  「玉斧修成月」服部南郭筆

  花入 黒竹 砧籠

  花  季のもの

  香盒 溜塗 七宝 笠井宗裕贈

 

釜 姥口刷毛 惺斎好写 呂尚目平作

  風炉 唐銅 琉球 惺斎好写 呂尚目平作

  敷板 真塗 小板小

  屏風 杉 網代銀張腰

 

棚 山里棚小 石州好

  水指 朝鮮唐津 武村利左衛門作

  飾棗 潤朱塗 次郎棗 茶平一斎作 片桐貞光花押 石州好

  茶盌 主 井戸 林紅陽作 橋本紹尚銘「無事是貴人」 拙銘 秋茜

     次 赤楽 佐々木松楽作 銘「初音」

     替 紀州 庚辰 造 寒川栖豊造

       久屋大黒堂十九代永田日照還暦祝

       歌銘 村雨の露もまだひぬ真木の葉に

          霧立ちのぼる秋の夕暮れ

                 寂蓮法師

     員 京 七宝天目形 加藤貴山作

  茶杓  安住楽風作 片桐石州『松右衛門佐様』写 銘『不知火』

   蓋置 萬古 武蔵野 加賀瑞山作

   建水 唐銅 棒先 一ノ瀬宗辰

 菓子器  宋胡禄写 喰籠 乾伸行作

        古黄瀬戸 四方鉢 水野恵子作 銘「舞鶴」

 菓子司  薄月 武州大山 秀月堂造

 御 茶  四方の薫 城州宇治 山政小山園詰

以上

 十三夜から始まった月見の宴も最終夜です。

 旧暦八月二十日。更待です。

  夜更けに昇る月だから「更待(ふけまち)」。

 だいたい夜10時ごろだそうです。

 今日は早めに切り上げて、夜道を月に照らされて帰途についてはいかがでしょう?^^

 禅語には「更待何時(さらにいずれのときをかまたん)」というのがありますが、月の出を待つ心境にピッタリ?(笑)

 本日は旧暦八月十九日。

 月を待つのに臥して待つから「臥待(ふしまち)」です。横になって待たないとならないくらい月の出は遅いので、だらだらと飲みながら月を待つことになるからだそうで。

 待っている間に寝てしまうので「寝待(ねまち)」ともいうそうですよ。

 十三夜からはじまった月見の宴、今日で七日目。そろそろ休肝日がほしいところでしょうか(笑)

 臥待は、十九日以後にも使われることもあるそうです。

 本日は旧暦八月十八日。

 居待月です。「居」とは「畳の上に居る=坐っている」の意味です。立って待つには月の出が遅く、坐って出るのを待つことから、居待月といいます。

  月見の宴もはや六日目。

 そろそろ、お酒に飽きてきました?(笑)

 そうそう、居待は18歳のことも意味するそうで、「はや稲舟の年の程は、立ち待ち居待も過ぎたれども(柳亭種彦著『田舎源氏』文政十二~十三年刊行)」と使われています。