最近、宗靜先生が「私も稽古付けてもらおう!」ということが増えました。

 

 弟子たちが次々と美味しいお茶を点てられるようになったことや、論理的かつ無駄のない所作を教えていることに常日頃から「私も最初からこう習いたかった」と思うようになったそうです。

 

 ただ、私の教え方は厳しいです。

 

 それは「厳しくなければ身につかない」からです。

 

 厳しいといっても暴言を吐くとかではなく、「違う」と言い募るということでして、出来るまで言い続けます。

 

 やり直しは基本、本人が望まない限り要望しませんが。

 

 優しい先生というのはあまり直さないらしいですね。

 

 でも、そうすると変な癖がついてしまい、正しい所作にならなくなります。

 

 

 なので、私は最初から正しい型を教えます。

 

 できなくてもいい、のではなく、一つ一つを細かく指導します。

 

 

 茶道の本義は、美しい点前ではなく、美味しいお茶です。

 

 その美味しいお茶を点てるための、正しい型と正しい動きを教えるのです。

 

 見栄えのための点前ではなく、美味しいお茶のための点前です。

 

 どうか、先入観なしに、湯の注ぎ方と茶筅の使い方をやってみていただきたいですね。

 大急ぎで楓の間を辞し、金子宗弘先生(小堀遠州流)がお席主の不昧軒に駆け込んだ……のですが、間に合わず。

 

 ガックリと肩を落としていると「次の次のお席でしたら予約券を交換いたしますよ」と案内役の方が。

 

 ありがとうございます!と換えていただき、入ることに。

 

 さて、入らせていただきましょうかね~、と思っていたらすっと、お社中の方が私の方を目指していらして「お正客をお願い致します」とのことで、「かしこまりました」と引き受けます。

 

 宗圓宗匠のところで何度か正客をしておりますので、顔を知られていたのかもしれません。

 

 お床は漢詩。

 

 道具は……と見ると「硯屏」ではないですか!

 

 憧れの硯屏。

 

 遠州系のお流派はこの「硯屏飾り」があるのが特徴で、千家では見かけない遠州流特有の炉柄杓(合が太鼓胴になっている柄杓)が飾られています。柄杓を筆のように合を伏せて飾るという飾り方なのですが、私が調べたところ「替え蓋置」を使うやり方と、硯屏を倒して其の上に蓋を置くやり方とがあるように記憶しています。

 

 おそらく、素材や大きさの違いによる扱いの差異なのではないかと思いましたが、この席では、「替え蓋置」の扱いでした。

 

 替え蓋置は同時代の唐銅墨台。

 

 水指は筆筒に見立てた細水指のような一重口。

 確かに筆筒に見えるものでした。

 

 物語は「書道具」。

 

 それと「歌舞伎」ゆかりの品々です。

 

 遊山箱から取り出された菓子器で主菓子が出てきました。
 遊山箱は副床に飾り付けられており、「あぁ、この菓子器を使われるんだな!」ということが何となく伝わるように置かれていました。

 

 変わっていたのは花入。

 誰でも目につくのは「天節の菊透かし」ですが、この一重口、節が底にしかありません。

 

 普通は中頃にあるはずなのに「落としはどうなされていらっしゃるんですか?」とお尋ねすると「今日一日で初めて聞いていただけました♪」と嬉しそうになさって、「そう、これ落としが入らないんですの。口から入れられる大きさでは取り出せなくなってしまいますしね」とのこと。

 

 答えは「蛇腹になったシリコンの筒」をお使いになられたのだとか。

 

 なるほど!それならどうにか落としとして使えそうです。

 

 いやぁ、頭は柔らかくないといけませんね。

 

 この日は三席とも、素晴らしい物語に満ちたお席で、大変心地よい席を愉しめました。

 

 また来年も伺いたいものです。

 本日は旧暦十月一日、癸卯癸亥乙亥。旧暦十月最初の亥の日で「玄猪」といいます。

 別名「亥の子」、「亥の子祝い」「亥の子祭り」とも。

 主に西日本の風習ですが、茶道を通じて全国に広まりました。

 亥の子餅を作って食べ万病除去・子孫繁栄を祈る、子供たちが地区の家の前で地面を搗(つ)いて回るといった風習があります。

 古代中国で旧暦10月亥の日亥の刻に穀類を混ぜ込んだ餅を食べる風習から、それが日本の宮中行事に取り入れられたとも言われています。景行天皇が九州の土蜘蛛族を滅ぼした際に、椿の槌で地面を打ったことに由来するという説もあります。つまりこの行事によって天皇家への反乱を未然に防止する目的で行われたのだそうです。

 この行事は、次第に貴族や武士に広がり、民間の行事としても定着しました。農村では丁度刈入れが終わった時期であり、収穫を祝う意味でも行われました。

 亥の子餅を食べるのは「猪の多産」にあやかるという意味があり、子孫繁栄を願ったものです。

 子供の行事としては、地区の子供たち(男子のみの場合もある)が集まり一軒一軒を巡って、歌を歌いながら平たく丸いもしくは球形の石に繋いだ縄を引き、石を上下させて地面を搗く「お亥の子参り」や「お玄猪さん」があります。東日本のる旧暦10月10日に行われる同様の行事「十日夜(とおかんや)」と類似してる藁鉄砲を使う地方もあります。子供たちが石を搗くとその家では、餅や菓子、小遣いなどを振舞われました。

 石を搗いた後は各家庭の庭先に石の形に半球の穴がのこり、大きいほど喜ばれた。またその風景が初冬の風物詩であったそうですが、いつしか「へこませられると困る」という風に変わり、搗かれる前に玄猪餅を包みにして渡すという風に変わりその中身がお金に変わっていったようです。ハロウィンによく似た感じですね!


 玄猪というのは、本来旧暦十月の別名で、これは旧暦十月が「亥の月」だからです。

 亥は「水」の属性をもち、火に剋つとされていますから、火を使う行事はこの頃に行われます。茶道では「炉開き」です。

 重なるということが縁起がよいとされることから、玄猪を上亥とし、武家が炉を開く時期であったとも伝わります。二の亥の日が中亥。三の亥の日はが下亥。

 町人茶は二の亥の日か三の亥の日に炉を開くものなんだそうです。今年は三の亥があります。

 これはなにも茶道に限ったことではなく、「炬燵を出す」とか「火鉢の使い始め」なども、この日からということだったと言われています。信心深かった昔の日本人は、こうした風習を大事にしていました。
 今ではストーブの使い始めなども、この日にするといいと言われます。

 この時期の掛軸としては「壺中日月長」「紅炉一点雪」「瑞気満高堂」など如何でしょうか?

 本日は旧暦十月一日、癸卯癸亥乙亥。神無月朔日です。

 

 神無月は「神の月」の意味だとされますが、私はこの考え方を今ひとつ支持していなかったりしますが、他に有力な候補がないので消極的賛成といったところでしょうか(旧暦六月の水無月が「水の月」というのは、田園風景から想定されているそうですが、新暦6月中旬に水を入れるということは、旧暦六月が新暦7月半ば頃なので、当てはまらないんです)。

 

 さて、神無月は、その字面から、神のいない月という俗説が生まれ、出雲大社に全国の神が集まって一年の事を話し合うため、出雲以外には神がいなくなると、中世以降、出雲大社の御師が全国に広めたと言われています。ただし、「神がいない」という説は平安時代からあって、人々に知られていました。

 

 そのため、出雲地方のカレンダーには「神在月」と書かれるとか♪

 それと、諏訪大社も「神在月」となるそうですよ。

 それは「諏訪明神」があまりにも大きな体であったため、それに驚いた出雲に集まった神々が、気遣って「諏訪明神に限っては、出雲にわざわざ出向かずとも良い」ということになったそうで(笑)

 

 御師がいなかった沖縄においても「祭りが行われないため神が居ない月とされている」という点には注目する必要がありそうです。

 

 この神々が出雲に集まるのは「伊邪那美神の供養月」という説と「縁結び」という説があります。なので、「結ぶ」ということがキーワードになりそうですね^^

 

 十月の行事としては

 

 ・十日夜(三の月)

 ・玄猪(武家の炬燵・炉開き)

 ・二の亥(商家・町人の炬燵・炉開き)

 

 があります。

 別名は

 

 醸成月【かみなんづき】⇒新米などで酒を醸造する月であるから
 神嘗月【かんなめづき】⇒新嘗祭(にいなめさい)の準備をする月で有る事から
 小春【こはる】

 時雨月【しぐれづき】⇒時雨の降る月であるから

 初霜月【はつしもづき】⇒朝日に溶けぬ霜が初めて降りることから
 建亥月【けんがいげつ】⇒北斗七星が亥の方角を指すことから

 小春は、初冬を示す言葉で、まだ寒さが本格的でなく春のように薄ら寒いことからいうのでしょうかね? 小春日和もこの時期の言葉です。

 

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「お茶は食事とお酒とお茶が揃ってこそ!」
 

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 お茶事に抱くイメージってどんなものがありますか?
 

 お茶事ってどんなもの?
 

 茶道ってどんなことしてるの?
 

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 茶道の醍醐味といえば「茶事」。
 

 茶事というのは、まず懐石があり、お酒があり、そして最後に濃茶と薄茶をいただくというもの。
 

 そう、本来のお茶とは食事とお酒とお茶がセットになったもてなしのことなんです。
 

 月桑庵の「お茶事へ行こう」は、本格的なお茶事とは違い、炭点前がありません。あくまでお稽古です。
 

 懐石に慣れることを目的としておりますので、少々ゆっくり目に時間を取らせていただいております。
 

 さらに、自分たちだけのために用意された小さな美術館として、日本の伝統工芸に身近に触れられます。陶器、漆器、指物、竹工、金工、羽細工、鋳物、織物、染物、建築、造園、書や香などが所せましとそこにあります。
 

 そして着物で出掛ける場所としてこれほど相応しい場所もありません。
 

 ご興味ございましたら是非お出掛けください(*˘︶˘*).。.:*♡

 

 11月19日は旧暦十月七日。炉開きになります。

 

 濃茶 
 薄茶 
 

 定員5名(別途手伝い枠3名)
 

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■日時
 令和5年11月19日(日)
 懐石:12:00~14:00
 八寸:14:00~15:00
 濃茶:15:30~16:30
 薄茶:17:00~18:00


 開始15分前までにお越しください。
 

 時間はあくまで目安です(席が分かれていて途中参加できるわけではございません)。また、予定時間通りに終わるとは限りませんのでご理解ください。
 

 茶事終了後、お時間のある方はお残りください。お凌ぎがございます。

 

※濃茶【こいちゃ】
 本来のお茶。一般的に思い浮かべる抹茶よりもどろっとして濃い抹茶。菓子は上生菓子を添える。

 

※薄茶【うすちゃ】
 一般的に抹茶といわれると思い浮かべる抹茶。菓子は干菓子または半生菓子を三種以上添える。
 

大寄せでは上生菓子にてお出しすることも多いです(笑) 

 

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■会費
 9000円(懐石・八寸・濃茶・薄茶)
 会費は当日封筒に入れてお出しください。
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■参加方法
下記予約ボタンより予約をお願いいたします。

 

STORES 予約 から予約する


■申し込み締め切り
 定員になり次第募集終了です。
 また、菓子の都合もありますので、一週間前には締め切らせていただきます。ご注意ください。
 加えて、キャンセルもそれまでの受付とさせていただきます。キャンセル料は全額お支払いいただきますので、ご了承ください。


■ご新規さまへのお願い
 当日キャンセル後、ご連絡取れない方が多いため、ご新規さまにつきまして会費の事前振込をお願いすることになりました。何卒ご協力おねがいいたします。


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■服装
 洋装OKです。
 ただし、できるだけゆったりとした【外出着】でお越しください。ジーンズやミニスカートはお控えください(できるだけ膝丈より長いもの)。カジュアルすぎる物はお避け下さい。
 男性は七分裾などの短いものはNGです。
 また、当会はお稽古会ですので、お着物の場合は小紋、浴衣、絣など普段着や紬などの普段着・お洒落着(無紋の訪問着)でOKです。
※通常のお茶会は色無地紋付以上の礼装となります。

 

■ご用意いただくもの
・懐紙【かいし】
 お菓子を頂いたりする際に用います。
 

・菓子切り【かしきり】
 菓子を着る金属や竹などでできた楊枝です。金楊枝ともいいます。
 

・扇子【せんす】
 茶道用の扇子です。礼をする際などに必要です。五寸、五寸五分、六寸、六寸五分があります。
 

・帛紗【ふくさ】
 茶道用の帛紗。点前をする際に亭主が腰につけ、道具を清めるのに用います。
 ※習われている方以外は不要です。
 

・小帛紗【こぶくさ】または出し帛紗【だしぶくさ】など
 茶盌(ちゃわん)が熱いときや道具を拝見する際に用います。濃茶には必須です。
 ※お貸しいたします。
 

 以上のものにつきましては、
 ・薄茶席の方はできるだけお持ちください。
 ・濃茶席の方はお持ちください。
※ご用意のない場合はお貸しいたします(未経験の方)。
 

・替え白足袋または白靴下
 足袋カバーをお脱ぎいただいても構いません。洋装の方は履き替えていただきますので、必ずご持参ください。
 

・封筒
 会費は封筒に入れてお名前をお書き添えの上、ご持参ください