歴史小説『数寄の長者』用に地図を作っています。

 丹波国の分郡図を作ろうと思ったら、丹後国と山城国、但馬国、播磨国も付いて来てしまうことが判明(笑)

 それなら、和泉と河内と摂津も作るか!ということでゴールデンウイークのやることが決まりました♪

 挿絵として小説に貼り付けていきたいと思います。近江と若狭も合体すれば……いい感じ♪ですね!

 ひとまず、旧国界線までは入れ終えて、丹波国と丹後国は分郡線を入れました。

 若狭レベルの地図に仕上げることが出来ますかねぇ〜?



 こちらが以前作った若狭国分郡略図。


 こちらが作りかけの近江国分郡略図。個人的には現状、高島郡と滋賀郡しか必要じゃなくて(笑)

 さて、ゴールデンウイークはブログをお休みします!

 4/27〜5/6までの十連休となります♪

 他流さんの台目の道具の置き方を見ていて、なるほどねぇ~と感心しました。

 

 台子の分だけ小さい台目畳で点前をするにあたって、水指などが畳四分の一ほど前に出てきます。

 当流だと、こんな感じで位置をずらすんですが

 

 千家系さんだと、台子と同じ位置に棗と茶筅などを置くようです。

 

 これ京間だからこれでできるんですが、江戸間だとどうにも後ろがつっかえるんですよねw

 というのも、当流の点前する人の位置が大分後ろなんです。


 これを江戸間でやると、壁に当たりますwwww

 そりゃ「狭い」と感じるはずです。

 

 右に体を振るとき、当流では左膝を中心に体を後ろに引きますので、どうしてもそうなります。

 小笠原先生のところで稽古したとき違和感があって、あれ?と思い出しながらやっていたんですが、やはり違っていました。

 それでも点前はできたのですが(当たり前)。

 では28日の本番では、正しい位置でお目にかけましょう。


追伸

 昨晩、表千家の茶友さんとお話しまして、ある程度この理由が解けました。回り方が【尾骶骨ら辺を中心】とするか【左膝を中心】とするかで、回った後の位置関係が大きく変わります。


 兼中斎は「昔は居前を深くとって、畳の後ろの方に坐していた」と仰っていらしたそうで、古くはそうであったことも分かりました。また、この位置に置くのは「女性のための位置取りで、男性には旧来通りの指導をすべきだった」と仰ったとか。


 兼中斎にはお目にかかりたかったですねぇ。


【追補】

 「昔は居前を1尺余り取って右手が釜の蓋に届く最大限の広さに取っていた。
明治末に女性の茶道人口が増えた為、体格の差異をカパーする為、本来腕を伸ばして点前すべき所であったが、居ずまいを8寸前後に縮め、腕を曲げたまま点前し、左の器物に手が届き難くなった」 ということだそうです。


また、「内隅というのは茶入、茶筅を炉と水指の間に流して置くようになったため、茶碗の位置を少し右に移しただけ」とも書かれているそうなので、もしかすると水指前に置きつけていたのかも知れませんね。


入手先:ヤフオク
落札額:★

 煎茶の建水(高台がある)とセットになっていた建水です。大きな建水で普通の建水の倍の高さはありましょうか

 見たこともないのでつい落札してしまった訳ですが、これはなんと呼べばよいのか(笑)

 仮に「稲塚」か「蟻塚」と呼ぼうかな?と思っています。

 魚籠(びく)もいろいろな形があり一番似ているのは「鰻魚籠」……ならば曼(ひ-く)と読みますから曼籠(びく)建水とでも呼びましょうか(笑)

 ※曼は「ながい」「ひく」「のばす」という意味があります。

 土用の丑の日に因んだ道具というのも面白いですし♪

 それなら銘は「江戸前」ですかね。

 現在は江戸前というと寿司の代名詞ですが、江戸時代は鰻の代名詞だったとか。

 古くは「むなき」とも書かれ、万葉集の時代にも鰻が強壮剤として食されています。

 鰻の別名「宇治丸」でもいいかも知れませんが(笑)
 

 橘にちなんだ道具を探しておりまして、見つけたのが、花橘茶碗と書かれた筆洗茶碗です。


入手先:ヤフオク
購入額:★☆

 ちなみに本歌はこちらからご覧ください♪

 

 本歌は信楽の茶盌ですが、土渕善丕氐【よしひで】氏の作品は白釉。陶葊【とうあん】という窯元さんです。




 大正11年に創業された清水焼の老舗(100年以上続いているところをいう)です。

 

 当代は善亜貴【よしあき】(四代目)さんとのこと。


 陶葊は号でもあるので、土渕陶葊【つちふちとうあん】と呼ぶのが正しいのかも?

 

 ただし、陶印などはご本名での印なので、微妙なところですw

 

 粉引といいたいところですが、違うので白釉としています。

 

 銘は「花散里」としました。
     橘の香をなつかしみ ほととぎす
     花散里をたづねてぞとふ
     源氏物語 第十一帖 花散里 より

 

 右近(衛少将)の橘という物語にぴったりだと思いませんか?

 

令和6年4月21日は、お茶会へ行こうでした。


 残念ながら、Oさんは体調を崩され欠席、もう一方は口約束だったとはいえ、お見えになると思っていたのですが……。


 WAさんが少し遅れていらっしゃると伺って居りましたので、お待ちして、やや遅い始まりとなりました。


 道具組みは「ひな祭り」がテーマです。今年は今までにないほとの「ひな祭り」になりました。


 あとは大鼓に因んだ道具を手に入れれば完成ですね!


 今年から加わった花筏と筆洗の茶盌が「左近の桜(花筏)」と「右近の橘(筆洗)」に当たります。


 新たな学びとしては「鼓の胴は小鼓と大鼓では形が異なる」ということでしょうか。立鼓の花入を使うときは区別して使う必要があるのですねぇ。


 さて、来月からは風炉に変わります。

 また半年、炉ともお別れですね〜。

 炉に名残なし。GWには道具を入れ替えなくては。


 今週末は「都民の茶会」です。


 是非、お出ましください。


旧暦令和六年三月十三日

甲辰丁卯乙卯

上巳の節供にちなんで


床 軸  立雛画賛 

 三千年になるてふ桃のことしより
 花さく春にあひにけるかな
     「拾遺和歌集(凡河内躬恒)」
  花入 煤竹 笛花入 拙作 

  花   季のもの


釜 七宝地文透木釜 佐藤浄清作 

 炉椽 青漆爪紅


棚 旅箪笥

 水指 鼠志野 野中春清作 

 茶器 京唐津 肩衝 加藤陶六作 笠井宗裕贈

   仕覆 紹智花兎緞子

  飾棗 螺鈿唐草 黒中棗

  茶盌 茶盌 主 色楽 萬福堂 吉村楽入作
銘「菱摘女」

     君がため浮き沼の池の菱摘むと
   我が染めし袖濡れにけるかも
           柿本人麻呂詠
       替 黒楽 佐々木松楽作 拙銘「御歯黒」 

 茶杓 藤田寛道作 銘『庵の友』
  蓋置 萬古 雪洞 加賀瑞山作
  建水 桜皮 内朱面桶 

 菓子器 主 輪島 雲鶴波文菓子鉢
 菓子司 引千切  武州板橋 梅香亭

  御 茶 神楽殿 山政小山園詰


棚 真塗 米棚 川上不白好 

 水指 三川内 末広七宝透 横石嘉助作

 飾棗 真塗 薬器 笠井宗裕贈 井伊宗観好十二月棗に因む

 茶盌 主 桃絵茶盌 清水晴香作
    次 粉引 筆洗 花橘写 土渕善丕氐作 銘「花散里」 

    橘の香をなつかしみ ほととぎす  花散里をたづねてぞとふ
     源氏物語 第十一帖 花散里 より

     替 赤楽 掛分四方口 拙作 銘「緋袴」

     替 京 花筏 今岡三四郎作
     桜さく木の下水は浅けれど
     散りしく花の淵とこそなれ
      詞花集 春 39 

  茶杓 安住樂風作 川上不白きりぎりす写 銘「機織虫」

  蓋置 呉須 太鼓 尾関哲堂作
  建水 唐銅 鉄盥 八代中川浄益作 

 菓子器 柿合朱縁金箔鼓盆

 菓子司 和三盆 洛中烏丸 亀屋則克

     のし梅 常州水戸 亀印

     金平糖 洛東百万遍 緑寿庵清水

 御 茶 四方の薫 城州宇治 山政小山園詰