GW最終日、待ちに待った御家流さんの茶会です。

 

 今回は、WAさんと稲毛の茶道会館のAHさんとご一緒しました。

 

 松平さまにご挨拶申し上げ、そそくさと男子席に。すると洋装の本多さま(柳営会の柳営茶会実行委員をされていらした方です)よりご挨拶いただきました。

 

 待合は、ぐるりと部屋に沿って並ぶのが当たり前なのですが、何故か間を空けて坐る人たち。仕方ないので、後の方が困りますから、詰めてお座りくださいと案内してしまいました(これをやらないと、イライラする人が一緒なので)。

 

 見知った方が案内(あない)役としていらっしゃいまして、「お正客をお願いいたします」とのことで、仰せつかりました。

 

 男子席を先にしたのは弓箭台子の席だったからなのですが、おそらく器的に(正客の)人を選ぶのだろうなぁと思っていましたので、快くお受けいたしました。

 

 弓箭台子とは、古田織部が二代将軍秀忠公の前で好んだ台子で、大台子(真台子大の横巾で、背が高く、縦長になっている台子)の柱を飾弓(かざりゆみ)に変えて、向こう正面に箙に入れる二十四本の矢(箭)を立てて、中央に鏑矢を立てた棚物です。

 

 飾弓は重藤(弓のつかを黒漆塗りにし、その上を籐で強く巻いたもの)で、籐の部分を赤く塗った笛籐(ふえどう)を普通とし、二張並べて飾り台にすえるので台弓(だいゆみ)ともいわれる弓のこと。

 

 この台子は、織部流と御家流さんに伝わっていますが、御家流さんの弓箭台子(きゅうぜんだいす)には、表紋の藤紋と将軍家から許された藤葵(葵を紋に使うのは将軍家から許された家のみ)が描かれています。

 

 その上に載っているのは、先代綾信公が好まれた大鬼面風炉(唐銅)で、風穴に家紋があしらってあり、流石大名道具!という感じです。大風炉というだけあって、普通の唐銅鬼面風炉よりも三周りほど大きいです。

 

 大台子に載せているのに、真台子小に唐銅鬼面風炉をのせているような感覚。

 

 水指は宣徳銅。唐物です。

 そして、それに合わせて唐銅で作られた杓立と建水。

 

 大風炉と杓立は根来氏の作。建水は若林氏(天命の作家)の作。

 宣徳銅器の文様を写し、並べても負けないようにお作りになられてますが、宣徳銅器の迫力を損なわぬようにされている感じもいたしました。

 

 これだけでも眼福ですが、それだけでなく、古伊賀緑釉茶入。遠目には総織部としか見えない古伊賀の茶入。以前、大台子のときに拝見したものとは大きさが違います。

 

 二つもあったのですね(あちらは畳付きまで緑釉がタレていましたが)。形としては丸壺。畳付は土見せとなっていて、緑釉がどっぷりと掛かっています。伊賀は自然釉ですから、相当の回数を焼き付けたのでしょう。あの古伊賀と兄弟のように思われる緑の深さです。

 

 それが松木盆に載せられており、跡見として天板に飾られています。

 

 そして、三貴人で用いられた円盆に根来天目台が載せられ、その上に禾目天目の本歌が。

 

 またあれで飲めるのか……と思うと、感極まる気持ちでした。

 

 床は信成公の直筆で、丙午の歳に書かれた「進徳」の二字。左右には狩野派の鶴?の図。

 

 拝見しておりましたら「内田先生、いつもブログ拝見しております」とお声掛けされまして、え?と思ったら男子席の方じゃないですか!「いやいやいや」としどろもどろ。

 

 斯様なブログで申し訳ありませんが、これからも精一杯書かせていただきます。

 

 

 

 違棚には、瑠璃の水次と青白磁の酒盃一対、そして、赤絵の本歌の壺。

 

 ですが、その下に「磁州窯の掻落し鉄釉の壺」がポンッ!と置かれておりまして、WAさんと二人でそちらをじっくり観察させていただきました。

 

 最後に、蓋置はなんだったんだろうと覗き込みましたら、「鍔蓋置」。

 

 これ私がほしいやつやん!と心の中で叫びました。

 

 なかなか売ってないんですよね、いいのが。

 

 WAさんは、「員茶盌ででてくる景徳鎮が本歌だものね、これだけで千家の茶会なら主茶盌よ」とこぼしておられましたが、それもそのはずです。あれは、明代の景徳鎮の揃い茶盌ですから、御家流さんだからこそ員茶盌としてお使いになられますが、道具屋に渡れば、バラバラに売立られてしまうこと必定です。

 

 本唐物の連発を十分に堪能して、男子席を辞しました。