Threadsにとある窯元の添釜のご案内が回ってきました。

 

 それを見ると、すべての日程がひとつの流派で占められています。

 

 ……この窯元の作品、どんなに気に入っても買うまいと決めた瞬間でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは私的に思っていることなんですが、やはり「多くの流派と付き合っている方が、様々な好みを取り入れることができる」と思うからなんです。

 

 ひとつの流派の影響が大きいということは、私が気にいることも少ないということでもありますが、作家とて生活がありますから、どうしたって売れるものを作ります。ひとつの流派の添釜で全日程が占められるということは、来客もその流派が主体になりますし、必然購入客もその流派が主体になります。

 

 様々な小流派へも影響力を持っているその流派が、茶道界全体を覆い尽くすことがないよう、小流派なりに頑張っていかなければならないな……と思った次第です。

 

 こういうのを見るにつけ「数の暴力」という言葉を思い浮かべますし、大きな流派はそれだけで人を呼ぶことができます。小さな流派は、人を集めるのも、弟子を増やすのも容易ではありません。

 

 私が茶道を習ってみたいという人に千家を薦めないのはそうした事情からです。前に千家以外を薦めたら、「なんでですか!」みたいに言われましたが、小流派の悲哀が分からないからなんだろうな……と思いました。

 

 大きな流派はそれだけで弟子が集まるんです。どの地域にも先生がいらっしゃるので、弟子も習いやすいんですよ。ですが、小さい流派は「知ってもらうことすらできていない」んです。

 

 だから、茶道を始めたいという方には、私は小さい流派を推します。これからも、ずっと。