よく「先生を変える」と言い出す人がいます。そうすると「ウチに来る?」と言い出す先生がいます。
もし私に相談されたら「まず話を聞こうか」と言いますが、最終的に「先生を変えるのを辞めさせる」ように話します。
先生も人です。
というか、最初から完璧な先生なんて居ないんですよ。
先生に物足りなさを覚えたのなら、それは自身の成長です。先生の背中に追いつき始めたということです。それでも、自分は先生じゃない。まずは資格を手に入れて、稽古場と道具を揃えるところまでやってみてください。
それと、先生の事ばかりあーだこーだ言う人がいますが、自分は弟子として出来ていたのか?を内省してほしいです。
弟子として先生を支えられましたか?
間違っている!と思ったことを責めるのではなく、質問(疑問じゃなくて)できましたか?
茶会で客を意識できるようになるのはいいことですが、他のお弟子さんやお点前さん(亭主)、半東、席主(東)のフォローなど、できるようになっていますか?
道具を買わされた!と喚く人も居ますが、無理にでも買わされていなかったらその道具買いました?
茶道具は一気に買うことはまず出来ません。先生になる気がなくても、少しずつ先生が買わせてくれているとやる気になったときにある程度先生をやれる程度に揃っていたりするものなんですが、そんな事考えたこともなかったのではないですか?
先生というのは、一年二年ではなく、十年二十年という単位で弟子を見なければなりません。ですから、女性の場合、結婚している女性や家付きの女性が多いのですね。男性でも家付きや寺などの場所に教室を開ける人が多いです。
確かに、先生というのは弟子の三倍の知識がなければいけないもので(理想ですが)すが、その先生だって成長途中だったりします。
不満があったら、まず相談すべきは私でも友達でもなく、先生なんですよ。
もしかしたら、上の先生に付けてくれるかもしれない(資格と実力が備わっていれば)のです。
私の先生は四人師匠がいたそうで、最初の先生は中伝まで、次は奥伝まで、次は教授まで、そして家元に習うようになったのだとか。
上の先生でなくても、先輩先生を紹介してくれるかもしれません。
安易に先生を変える人は成長しないと思います。
稽古に大事なのは「忍」耐です。
先生に必要なのは堪「忍」です。
互いに「忍」の心で切磋琢磨していきませんか?
どうしても変わりたいというなら、しばらくお休みして他流さんの教室に遊びに行かせてもらったらどうでしょう?(習うのではなくね)
ウチの「お茶会へ行こう」なんか如何ですか?w