華流ドラマ『夢華録』という作品を観ておりまして、ここには茶芸と呼ばれる茶道のもとになった文芸がでてきます。

 

 時代は、章献明粛皇后――つまり北宋の真宗皇帝の御世です。

 真宗皇帝は、宋王朝第三代の皇帝で、父は太宗。初代皇帝・太祖(趙匡胤)の甥に当たります。

 

 この時代は、まだ抹茶が「茶色」の時代で、碾茶炉がなく、団茶を削って薬研でほぐし、石臼で挽いていました。

 このため、泡は白くなり、その白さを競った訳です。

 

 茶筌は2種類あり、内穂のない外穂だけの筒型の「筌」と片側だけの「筅(竺副」とがありました。ちなみに「竺副帥」とは『茶具図賛』における「筅」のあだ名で、薬研のことを「金法曹」として、研古・轢古の兄弟としています。「副帥」とは「副将」で、兵を率いる主将の補佐をする将軍のことです。これは擬人化した遊びであり「竺副」という名称であった訳では無いと考えられます。名を善調、字は希點(点)、号は雪濤公子とありまして、「善い調べ(茶筌の奏でる音は琴のようであるとされているため)」、「点てることを希(ねが)う」という呼応は気が利いています。

 

 また、雪濤という言葉は濤雪の倒置で、白い波のことをいいますから、泡が白いことが至上とされていたことを示唆します。

 

 さらに、この時代は、茶を「天目で点てて、湯呑みに移して飲ませていた」というのが面白いですし、泡を使った「茶百戯」という絵を描くラテアートのような遊びもあります。

 

 茶道が音楽との相性があまり良くないのは、そもそも茶道具で立てる音が琴の音に例えられたりするように、それそのものの音を楽しむべきであり、他の音が入ってくるとその微妙な音が掻き消されてしまうからなのでしょうね。

 

 当作では、琵琶の名手の音を聞きに来る文人たちで賑わう様子が描かれています。

 

 そして、当時から「散茶」が飲まれていたことも描かれていました。

 

 散茶とは、後には茶葉をそのまま湯呑みに入れて蓋で茶葉を抑えて飲む方法へと変わりますが、この頃は、団茶の削りクズを湯呑みに入れて湯を掛けただけのもので、水代わりに飲んでいたものです。

 

 これは「生水が飲めない」ことによるもので、沸騰させた白湯代わりと考えられます。文人趣味の人たちは抹茶をたしなみ、のち、抹茶が廃れて、半発酵茶が出てくると淹れて出す茶式へと変わり、明代では散茶というと蒸した茶葉を湯呑みに入れて湯を注いで飲む方法に変わっていきました。

 

 この飲み方は、清王朝の頃まで変わることなく、文人趣味として残ります。

 

 茶道をする人は是非、華流歴史ドラマを観ていただけるといいなーと思います。

 

 おすすめは『明蘭~才媛の春~』『大宋宮詞 〜愛と策謀の宮廷絵巻〜』『夢華録』が茶芸が出てくる作品かと思います♪