とある論文を読んでいて、面白いことが書いてありました。

 

 津田宗柏以前に新次郎(開口神社文書・文明七年)・又四郎紹繁(一休和尚十三回忌出銭帳・明応二年)・又二郎(大徳寺文書・文亀二年)という名前がありました。

 

 又二郎は源左衛門に名を改めており、これが宗伯と思われます。新次郎は宗柏の父、紹繁は叔父ではないかと。

 

 また、鳥居引拙も天王寺屋の一族で宗柏の従弟にあたります。

 

 加えて、宗柏には了専という弟がおり、子は宗達、宗閑、了雲、道叱の四人。

 

 了雲はおそらく了専の跡を継いだと思われます。

 

 宗・紹は大徳寺系で、了は本願寺系の道号だと思われます。道は法華経に多い道号です。

 

 このことは、天王寺屋が本願寺と結びつきが強く、その上三好家とも結びつきが強かったということの傍証にはなるのではないか?と考えます。

 

 この事実を踏まえて、小説の方も設定を変更し、宗柏と宗伯を分けずに、宗柏が隠居して鳥居引拙に譲る形にして、家業は了専が補うという形を取ろうかと思います。ちなみに引拙は宗伯が茶名です(笑)だからなんですかね?鳥居というのも後世の人がつけた名字のようです。

 

 宗柏と宗達、60歳差の親と子というのは、やはり考えにくいんですけどね。