安藤家御家流さんの大寄せに寄せさせていただいて、残念ながら時間切れで香席には入れなかったのですが、少し感じたことがあります。

 

 それは、「千家の茶と大名の茶の違い」です。

 

 私の悪口を言う人達が一定数いるのは聞き及んでおります(私は直接知りません。エゴサもしませんし、口汚く言う人達はブロックしているので)が、そうした人たちの多くが「千家の茶しか知らない」のではないか?ということです。

 

 千家の茶が下とか、大名の茶が上とかいう話ではありません。

 

 千家の茶でよく聞くのは「唐物など最早扱うことはない」という認識なのですが、大名の茶では「当たり前に出てくる」ということです。

 

 この辺りの意識の差というものを強く感じたのです。

 

 勿論、唐物などそれほど多い訳ではないので、誰しもが持っている訳ではありません。しかし、触る機会があると思って稽古するのか、無いと思って稽古するのかでは、大きな差がでますよね。

 

 私の道具を「本物じゃない」と貶す方もいらっしゃるそうですが、本物とはなんでしょう? 十職の道具ではないことは明白です。私から言わせれば、道具は「人の手を経て、時代を経て本物になっていく」のだと思うのです。

 

 中興名物が、遠州の手によって格上げされたように、○○名物と後世のものが取り上げられたように、時代を経て、名手の手を経て本物になっていった物たちが沢山有るわけです。

 

 私は弟子にも古い道具を惜しげもなく触らせます。

 触らせなければ、価値はわからないですからね。

 

 何が言いたいかというと「他人のことをあれこれ言う前に、唐物を惜しげもなく使ってくれるような大名の茶を見聞して、見識を広げられたらいいですよ」ということです。

 

 ここを経験しているか居ないかで、大きくその後の茶湯人生変わると思います。