昨日の続きです。
 こちらは春草廬の全景。

 こんな所で釜懸けたいですよねぇ〜♪







 こちらは聴秋閣。

 家光将軍襲位に際して二条城に建てられ、春日局に与えられたという建物。

 元は三笠閣(【みかさかく】とルビがあるが【さんりゅうかく】では?)という名前だったそうですが、原三渓が聴秋閣と改名したそうです。




 こちらも原三渓考案の茶室。

 一畳台目席。金毛閣に因んでの命名でしょうかね。窟としているのは細長い廊下の構造からでしょうか。

 こんな所で、一客一亭の濃茶など点ててみたいものです。



 徳川家康が伏見城に建てさせた物だとか。

 茶室じゃないのであまり関心なし(笑)



 庭園内は初冬の趣きで山間ではなく里の庭園であることがよくわかります。割合南の庭園ですから、秋の名残があるということもありますかね。

 茶席は白雲閣にて。
 白雲閣は原三渓の隠居所とのことで、本来は茶室ではないのでしょう。続き間で、相伴席のようなところまでありました。

 私はそそくさとお詰めに(笑)
 正客ではないお席は久しぶりです♪

 軸は『霜月照清池』
 新暦合わせですかね?
 心の中では(旧暦十月二十日だから神無月なのになぁ)と思いましたが、口には出さず(笑)

 寄付も霜だったので、そんな予感はしていたのですけれど(苦笑)

 釜は天猫。菊地紋が一双一対で、田口の周りに蕾座。菊花展が開かれていたので、それに合せたのでしょうか?

 炉椽は忘れました(笑)

 風炉先は宗心宗匠の曳舟。
 曳舟は堀内家のお家芸だそうで(ツイ友の風さんから教えていただきました)すが、年中柄ではなく晩冬(旧暦十二月)に用いるものだとか。

 私の周りの方は秋の茶席に使われているので、秋だと思いこんでおりましたが、なるほど、晩冬でしたか。

 なんでも、十二月十三日にこの絵を書くのが堀内家の伝統とか。面白いなー。

■補足
  なんでも紀州からの稽古帰りの情景を描いたのが十二月十三日だそうで。

 柄自体は年中柄。
 調べてみると広重の江戸百景では春の行楽として描かれており、柴又帝釈天へのお詣りにも使われていたそうです。



 棚は高麗卓元伯好。
 水指は祥瑞で徳泉作。下半分が八角で染付と祥瑞が交互。鉄釉の胴締めがあり、上はやや膨らみのある蕪風。草花文が描かれています。珍しいことに一重口(皆口)。蓋が落とし込み蓋になっており、面白い。

 蓋置は唐銅一葉。
 茶杓が吸江斎の銘・落葉(おちば)とのことで、繋がりだったのでしょう。

 棗が利休所持秋の野棗写の大棗。尼宗哲の作だそうです。ただ、炉で秋といわれるといささか奇妙な感じがいたしました。

 小春日和の中、茶席を後に三渓麺【さんけいそば】という汁なし麺を待春軒で頂きました。タヌさん一家とウチの母は御膳を頼んでおりましたが、来掛けにみたお団子を後で食べようと思っていたので、三渓麺のみで大盛りに(笑)

 お団子はみたらし・のりしょうゆ・味噌・胡麻を平らげ、帰途に就きました。