四頭席を終えて、薄茶席に回りますと、大分待つとのことでしたが、他のお席はまぁ、いつでも大丈夫だろう!と、待つことに。

 待合で長く待つとどうしてもおしゃべりしてしまいますよね。

 

 私も地声が大きいので、声を抑えなきゃ!と心のなかで(小声、小声)と唱えながら、お話しておりました。

 

 すると……

 

「お正客をお願い致します」

 

 とのこと、キョロキョロと、辺りを見渡し、うーん……と思いながら、ま、いっか、と覚悟を決めて

 

「かしこまりました」

 

 と、正客に上がることに。

 上がられたい女性のベテランさん方もいらっしゃったろうになぁ~と思いながら、流派紋と同じ三つ鱗を持つ建長寺さんで、正客に上がったのはいい思い出でもありますから、ありがたく拝命しておきましたw

 

 深い色の四つ柱の木地台子に手桶水指。

 とても大きな唐銅鬼面風炉に黒の杓立。

 鶴の鉄火箸。

 

 茶盌は了入の富士掛分け。

 

 田子の浦の銘に、納得。山部赤人の歌ですね。

 

田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける(万葉集)

田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ
(新古今和歌集)

 

 新古今の方の歌は小倉百人一首にも採用されているので、ご存じの方は多いんじゃないでしょうか。

 

 私は万葉集の方で覚えてしまったので「田子の浦ゆ」と言ってしまうのですがwww

 

 台子は恐らく桑。

 桑は唐木扱いなので、真ですから、手桶を載せているということなんでしょうね。唐銅も普通は木地に載せません(本歌取りをしている鳳凰風炉は例外中の例外)。

 

 誰の好みかぱっとは出てこないので、自分でまとめた「棚物好総覧」で確認しましたら、2つありました。

 

 桑木地……………【千】元伯宗旦好
 桑木地……………【裏】認得斎好

 

 ですね。

 つまり、使われたのは宗旦好みということで、宗旦好みが小であったことがわかりました。

 

 と言うのは、建長寺さんの薄茶席は江戸間だったからです。

 この宗旦好みが大だとしたら、はみ出していたでしょうから。

 

 なるほどなるほど、これで一つ詳しくなりました。

 自分の棚物好み総覧も訂正しておきましょう!

 半東さんと、亭主さんがいらっしゃいまして、亭主さんが席主さんだったのでしょう。管長さんと親しいご様子で、四頭再開の先駆けを建長寺さんがなさったのを喜んでおられました。

 

 ここを皮切りに、いろんな茶会が開かれることを願います。