鎌倉間道は源頼朝の着衣とも、鎌倉建長寺の打敷(寺院の高座や仏壇の敷物)であったとも伝えられますが、定かではないそうです。


 個人的にはこれを着衣の柄だとは思いたくないので、建長寺の打敷だと思っておきます(笑)


「鶴岡(つるがおか)間道」とともに鎌倉時代の舶載と考えられています。


 赤染めの臙脂(えんじ)と薄黄の太い縞、緑と薄紫の細い縞が地厚に粗く織られた織り風は、今もなお新鮮である。


 大名物「富士山肩衝茶入」、中興名物「凡茶入」、「潮路庵茶入」などの仕覆裂として用いられています。


 個人的には、織部茶入の仕覆に良さそうと買ってきた物です(前に吉野間道を買ってきてちとうるさいと思っていたので)。


 結構、裂地コレクション(これも写しですけどね)も増えてきました(笑)