無礼講というと、どんなイメージがありますでしょうか?
現在一般的なイメージでは「無礼を許す」と思われているように思いますが、これ、間違いだってご存知でしたか?
この無礼講というのは「礼講を無くす」の意味です。
では礼講とはなんでしょうか。
目上の方から順に1つの杯でお酒を飲む、目上の誰かの話(スピーチなど)を静聴する、といった儀礼に従って行われる宴席のことです。
礼講はもともと神事で身分の高い参列者から順番に酒を飲む作法のことで、これが儀式にも転用され、序列順に注がれるまで酒を飲むことが出来ないものでした。
無礼講の始まりは、悪党どもを味方に引き入れた後醍醐帝であるといわれていますが、史実上では、鎌倉末期、1320年代初頭に公卿であり儒学者である日野資朝とその親戚で同僚である日野俊基が開いた会合が無礼講であったとされています。
これは茶会の一種で、自分の地位に合わない衣服をあえて着ることで、互いの身分上下の区別をわからなくして、純粋に才能のある者だけを集めて歓談を行った先進的な学芸サロンであったといわれます。
しかし、あまりに先鋭的だったため、花園上皇や、公家社会の有識者からは眉をひそめられていたそうです。
この茶会は闘茶を含んでいたといわれており、最も早い例であるともされています。
太平記で、薄着の女性を侍らせた酒宴であったとか、後醍醐帝も参加した倒幕計画の場であったと物語られているのですが、これはあくまで戦記物であり、史実とはできないようですが、文芸的な浪漫からすると、後醍醐帝であってほしい……と思ったりします(笑)