壺椀が消えた理由は、膾などのナマモノ(生もの)が増え、お造り系の向附へと変化していった結果であることは理解できます。
特に江戸前の漬けや昆布締めの発達によって、生に近い食品の提供が行われていく訳ですね。
これは江戸文化であるとともに、全国的に普及したのは実は「冷凍技術の普及以降」というのは案外知られていません。
冷凍することで寄生虫が全滅するから安心して生が食べられるということなんです。
そこは今回の話題とはちょっとズレるので深堀りしませんが、興味ある人は調べてみるといいですよ♬
さて、壺椀は向附に取って代わられたということでOKなんですが、ではなんで平椀は煮物椀になったのか?です。
不思議なのは、煮物椀はあとから出す、平椀は最初から載っているという点です。
四つ椀は基本的に全部膳の上に揃って出すものですが、現在の懐石はそうなっていません。
これはおそらくですが「温かいものを出すことがもてなし」という風に江戸時代に変化したからではないか?と考えましたがどうでしょう?→ここで本膳を調べる気になりました
どちらにせよ、現在は煮物椀に取って代わられました。
これは、江戸では煮物のことを「吸い物」といい、炊合せ(たきあわせ)や煮染め(にしめ)のことを「煮物」ということから、宴席である会席に吸物椀が生み出され、回り回って茶道に導入されたのではないでしょうか。
ちなみに厳密には吸い物と煮物は別のもので、煮物はご飯の添え物であり、吸い物は酒の添え物なので、本膳では出るタイミングが違うんですかね。
本膳では膳に平椀と壺椀を載せて配膳する→と思っていたら、平椀は二の膳で、本膳は坪椀という別の椀を用いるみたいで、これは平椀が残って、坪椀が廃されたと考えるべきものでしょうか。料理の種類から椀を推察するのは難しいので、器物のことも調べないといけませんね。
現在は煮物椀を別に出しています。
このタイミングは二の膳のタイミングです(二の膳ではご飯や替え汁はしません)。
こういう変遷というのはとても興味のあるところです。