私が考える修行の年数というのは……

 

 入門2年、初伝4年、中伝4年、奥伝10年、正伝6年と考えています。

 これは、結構遅い方らしく、当流では奥伝が茶名なので、裏千家で7年といわれているのに対しては倍以上ということになります。

 

 利休の時代は小壺大事(唐物)までが20年といわれていて、小壺大事は現在の奥伝に当たるので、私が考える修業年数からすると、利休時代よりは早いことになります。

 

 ただ、実際それだけ長くやらせると弟子が中だるみして、続かないであろうなぁ……とも思ったりします。

 

 ですが、十二種水指や棚物などを入門の内に教えるには二年では正直足りません。ひと通りやるだけで終わりです。

 

 初伝に入ると、七種建水、七種蓋置が入ってきますので、習物と飾物を加えてやると、4年でもおそらく「ひと通りやっただけ」になると思います。

 

 何が言いたいかというと「茶道の稽古は一回で覚えるぞ!」という心構えがないと、一向に進まないってことです。

 

 なので私はちょっと違ったやり方をしています。

 

 というか当流では一般的なんですが、教える内容を系統立てずに教えるという方法です。

 

 一応、他流に合わせて教え方を変えようと試みたのですが、それだと「どんな場面にどういう道具組みをしたらいい」というような部分が抜け落ちそうでしたし、そうした系統立てた分類というのは「教える側の合理性」であって、教わる側の合理性ではないんですよね。

 

 習ったがわが「比較検討して自分で研究するための手段」にすぎないわけです。

 

 ただし、こうすると「マニュアル化しやすい」ですし、人による解釈の違いも減るので、どちらにも一長一短があると思います。

 

 しかし、なぜ先代も当代もそこを変えなかったのか?を鑑みると、見えてくるものがあるような気がするわけです。

 

 これは建白書を書いて整理してみたからこそ気づいたことだったりします。

 

 皆様もご自分が習ったものを自分なりに整理してみては如何でしょう?