小板にて濃茶を点てば茶巾をば

小板の端におくものぞかし 利休百首

 

 前々からこれは気になっていたことなんですが、先日のお茶会へ行こうの濃茶の点前をしていたときに「あ!」と気づいたことです。

 

 そう、この歌は「風炉の濃茶点前と炉の濃茶点前が同じではない」ことを示しているということです。

 

 他流に目を向けますと、濃茶に一杓の水をさす流派(千家系)と、濃茶でも一杓の水をささない流派(遠州系)に別れます。

 

 当流では「沸き加減で入れなくとも良い」となっておりまして、原則入れますが、これは「風炉を基準としている点前」ということになります。つまり、古くは「風炉は水を差す」「炉は水を差さない」という形で点前が違っていたということです。

 

 この論文は鶴山論叢に掲載された神戸大学国際文化学研究科の廣田 吉崇 という方の論文にあります。

 

 そもそもこの歌と同じことを古田織部が述べており、抜粋しますと

 

 茶碗仕込之茶巾取右ヌクイ候小板之隅ニ風炉之ソコトせカせテ立候心得ニ置也。此時水指之蓋ノ上に不置事風炉之手前之替也

 

 此水を入て濃茶立候故ニ水指の上ニ茶巾を不置、風炉之手前之口伝也。

 

 どちらも、水指の蓋の上に置かないことを示しています。

 先の文章は「茶巾を水指の蓋の上に置かないのは風炉の点前の特徴である」とし、後の文章では「水指の蓋の上に置かないのは、水指から水を汲むからである」としています。

 

 即ち、風炉は水を差すから小板の上、炉は水を差さないから水指の上となり、もともとの風炉の点前では小板の上に置いていたことがわかります。

 

 現在でも小板の上に置くのは藪内流で、そもそも小板は武野紹鴎が生み出したものであり、藪内紹智(初代剣仲)は利休の弟子ではないことから、千家流とは違う流れになったものと考えられます。

 

 面白いのは武者小路千家、宗徧流、肥後古流でも小板に載せることでしょうか。

 

 つまり、これらは「風炉濃茶点前」と「炉濃茶点前」を整理する過程で生まれた差異であり、私のように古法に戻ろうとする人からすると「別物なんだから手が別でいい」という発想と逆になります。

 

 ただし、荒目板の工夫というのは「利休の発明」であり、ここになんらかの意図は必要になります。

 

 そうなってくると、真塗の二つ拭きではないか?ということです。

 真塗の小板や大板、台子、長板というものは、二つ拭き。荒目板や柿合については二つ拭きをしなくてよいのではなかろうか?という。

 

 共蓋の上に茶巾を載せるには二つ拭きをしませんから、それと同等という感じではないかということです。

 

 そうするとすんなり解ける気がいたします。

 

 では、今度の夏から教える風炉点前は古法に準じて、小板の右隅に茶巾を置かせるといたしましょうか。