殿閣生微涼
これは、唐の文宗皇帝が詠んだ二句に対して、唐の四代に亘って使えた政治家で書家の柳公権が二句を返した二句の後半部分です。
人皆苦炎熱
我愛夏日長
人は皆炎熱に苦しむも 我れは夏日の長きを愛す
と唐の文宗が詠んだ訳です。
これに対し柳公権は
薫風自南来
殿閣生微涼
薫風南より来たり 殿閣微涼を生ず
と返しました。
「世の人々は夏の日の炎暑に苦しんでいるが、私は一年中で一番長い夏の日が好きである」と言った文宗に対して「南からかぐわしい風が吹いて来ても、炎暑に見舞われた宮殿がわずかに涼しくなるからですよ」と返しています。
この漢詩が有名になったのは、宋の蘇東坡が強烈に批判をしたからです。
皇帝の気持ちが、身勝手で人民の苦しみを思いやることのない態度であるという批判ですが、私としてはこれあまり当たってないのではないかなぁ?と思います。
そもそも柳公権の転結の二句も、皇帝に対して苦言を呈しているとも見れます。
「貴方が呑気に夏の暑い日がいいなんて言えるのは宮殿に住んでいるからですよ」という諫言にも感じられるのです。
この転結の二句で宋末の大慧禅師が大悟したといわれ、禅語として用いられています。