fbLIVE「茶湯彼是」でも言いましたが、台子点前が定まったのは足利義教による「三種極真の飾り」からです。

 

 その後、足利義政によって「真行草三段」が定まり、珠光によって数寄屋台子(竹台子)が始まり、乱飾りを含めて台子は四段になります。

 

 この後、如心斎・不白らによって真台子七段がまとめられ、裏千家は玄々斎・淡々斎によって十二段にまとめられます。

 

 有楽流(貞置流)は台子四段と言われており、利休より直伝された台子が四段であったことが解ります(利休が奥秘台子を改めたと言われており、東山流の三段を手直ししたとかんがえられます)。

 

 利休以後、道安・少庵の代、宗旦の代、宗佐・宗室・宗守の代(三千家)を経て、如心斎の時代には七段に増えています。

 

 ここをどう考えるか?というのが奥秘の変遷に於ける注目点ではないかとずっと思っています。

 

 この辺りを解明するには、宗旦四天王の奥秘がどうなっているのか?という点に注目する必要があり、ここを簡単に窺い知ることはできないので、難しいですよねぇ~。