前回の記事で、織部の敷瓦は如心斎が始めたと書きましたが、そうなると、それ以前はどうなの?ということになります。

 いろいろな資料を細かく読み込みます。
 すると、丸板のところに

「丸板 大板を丸くしたる物也、尤メンあり、真ぬり、檜木地、紹鴎このみ、琉球フロ、台子フロ、唐銅フロのよし、面なくかき合せケヤキ木地は鉄面フロにかぎる(『茶道筌蹄』)」

 という一文が。

 つまり欅木地柿合面(取)なしが鉄面風炉に限るとあります。

 ん? 鉄面風炉は鉄面取風炉? 鉄鬼面風炉?

 利休時代はそもそも鉄風炉がそれほど使われていた訳ではなかったのかもしれませんね。利休好みの丸釜風炉がありますが、これのことでしょう。

 後、如心斎の瓦板以降、鉄風炉の種類が増えていき、広まっていったということなのかも?

 ちなみに欅は耐熱に優れ、柿合塗も木の表面の木目を活かす塗であることから、鉄風炉用としての素材と加工であることが解ります。

 熱伝導率などからもキチンと考えられた組み合わせというのは、科学的な判断があってのこと。

 やはり規矩は無視していいものではありませんね!