意高もの 利口弁舌間に合わせ
問わず語らいエセもののくせ 竹心

 こちらはTwitterで見かけた藪内流さんの道歌です。

 藪内流といえば、利休の弟弟子にあたる藪内紹智(剣仲)が興した古流に属する流派。

 京都を中心として伝承されておられ、茶道の原典を知るには藪内流を避けて通れないと言われます(誰に?)。

 その実、武家茶にも数えられたりしているのは、陸奥相馬中村藩、阿波徳島藩、肥後熊本藩、肥前鍋島藩などへ出仕し、町人文化に傾倒し華やかになりゆく三千家とは対照的に「正直清浄 礼和質朴」を竹心が唱え、利休時代への回帰を促し、華美を戒め古儀に徹したからでしょう。

 また、西本願寺(浄土真宗)の庇護を歴代受けており、幕末の動乱で家屋を消失しましたが、同寺の援助にて復興しています。

 竹心は五代紹智で、藪内家中興と言われる方です。

 この歌は「客の心得」として詠まれた歌で、礼和質朴を唱えた竹心らしい堅実な歌です。


「意高もの」というのは、意味のとり方が難しいのですが、あとの語句からするといい意味で使われていないので、「居丈高」のことではないか?と思います。

「利口」もそうなるといい言葉ではないとするとここで言う利口は「話し上手」ではなく「小利口」のことではないかと。つまり「目先のことは抜け目なくやるが、大局を見通す判断力に缺(か)ける様子」の方ですね。

「弁舌」は物の言い方で、通して意味をとると、「居丈高な者は、全体を見渡せず物の言い方すら間に合わせである」ということになります。

「問わず語らい」は、形式的な問答(作家や焼だけを尋ねるような問答)ではなく、本質的な問答、つまり、その道具を用いた理由=物語を探りつつ尋ねるということで、それをしないで世間話をするのは、「エセもの」つまり、似非者=本当の茶人ではない人の癖ですよ……という戒めですね。

 竹心、素晴らしい道歌を詠まれますね!

 藪内道歌集とか売ってないんでしょうか。
 欲しくなりました!