近年、「アマチュアとプロの垣根がなくなっている」と言われてきています。

 

 これは、アマチュアが安易に「プロじゃないから安い金額でいいよ」とその仕事を始めたことで、プロの側に価格競争の波が来て、価格崩壊が起こり、過当競争になって最終的にプロが減るという現象です。

 

 Twitterで、見掛けた「着付け+レンタル着物+スタジオ撮影でいくらならやりますか?」という問いかけがまさにそれ。

 

 アマチュアがプロになるための応援だそうですが、プロの世界を潰してしまうという想像力の欠如以外なにものでもないので、苦言を呈しましたが、「良薬口に苦し、諫言耳に痛し」が理解できない人のようで、ブロックされたようです(苦笑)

 

 仲間内(サークル内)で原価でやろう!というのはありです。

 

 しかし、ネットで募集を掛けて、お金を取ってやるというスタイルはその時点で「プロ」でなければなりません。

 

 プロであっても、原価割れで仕事を行うこともあります。

 それは「客引き」であることが多く、月桑庵でいえば「お茶会を知ろう」「お茶会へ行こう」「お茶事へ行こう」がそれに当たります。この催しは、原価割れまではいきませんが(時々ありますけど)、基本的に儲けがありません。

 

 それは、多くの人に茶道を知ってもらい体験してもらい、茶道を習ってもらいたい(勿論できればウチでですが、必ずしもウチで習う必要はないと考えています)という思いから、低価格で催しています。

 

 自宅で行いますし、茶寮のような設えもありませんから、できることではあります。

 つまり、茶寮で行うようなレベルのものではないから低価格なんです(炭もしませんし)。

 

 しかし、プロになるためにお金を貰ってやろう!というのとは話が違います。

 

 プロというのはお金を貰って、それに見合った技術を提供し、結果を見せるものです。

 

 プロを目指す人がアマチュアとして安価で仕事をしたとします。

 

 その人が、「プロになりましたから!」と言ってある日突然の値上げができるでしょうか? 

 

 その修業をしている間に「プロが値下げをせざるを得なくなり、値上げができなくなる」んですよ。 そういう人たちはお金をもらった時点で「プロ」なんだという意識がなさすぎです。

 

 これは、茶道においても言えており、茶道のプロといえば茶頭というのがかつてありました。

 これはお金を貰ってお茶会を開くひとたちです。主催者ではなく、裏方ですね。

 

 ところが、戦後爆発的に増えた茶道人口の中から、「ボランティアでやるわよ~」という人たちが雨後の筍のように出てきてしまい、茶頭で稼ぐことはできなくなりました。勿論、教室経営も瀕死の状態です。

 

 こうした「想像力の欠如」は、結局、職業として成り立たない世界を作ってしまい、その世界を目指す人を減らしてしまうという悪循環を生みます。

 

 茶道人口が激減している理由、文化的な精神性の問題だけで語られやすいですが、男性がその世界で生きていくには職業として成り立たせないと難しいのです。家族を養う責任がありますから。結果、二足のわらじを履くことになり、相当タフな人か、世渡り上手か、金持ちの息子か……でなければできなくなります。

 

 茶道の先生に男性が少ない理由はこういうことです。

 

 アマチュアの想像力の欠如がプロを殺す。

 

 今後もそういう人を見掛けたら、注意喚起していきたいと思います。