月光殿の香席を終えて次は何処に行こうか?と考えていましたら、丁度、牡丹の間の列が動きまして、では一席待ちましょう!ということで、並びました。

 

 そろそろ小腹も空いた頃ではありますが、先程の香席の反省会みたいなことを宗靜先生と小声でしつつ、ご案内。いつものことながら、正客を勧められ、それでは……とありがたく高上がりさせていただきましたm(_ _)m

 

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 いきなり面白い棚物。

 なんか幅の狭い及台子。

 

 及台子は大小があり、炉用と風炉用があります。

 近年は風炉用が出回ることがほとんどなく、千家では炉用に小風炉という組み合わせで行われることが多いと聞きましたが、それとは明らかに別物。

 

 炉用の横幅をさらに狭くしたような及台子。

 といっても、風炉に用いる小棚のサイズではありません。そうですね、山里棚よりちょっと大きい感じ。

 

 休台子(及台子の誤変換ではありません)が丁度半分の幅であるのに対して、この及台子は四分の三程度の大きさといえばいいでしょうか。地板が厚いままなので小棚ではなく、台子の扱いであることは間違いありません。強いて言うなら数寄屋の台子でしょうか。

 ※棚物と台子の一番の違いは地板の厚み。棚物は薄い板であることが多い(矢筈や蛤仕立てのものもある)が、台子は厚みが三倍ほどある。

 

 そこに三河内かな?と思える水指。

 真塗に白磁というのはいいですね~。映えます。とっても綺麗な取り合わせです。

 

 釜は老松地紋の広口肩衝。

 この時期に広口というのも面白いなーと思いましたが、この辺りは亭主の好みのでるところ。綾冠さま寒がりなんでしょうか?^^

 

 お菓子が縁高で出てきたんですが、足がついてましたΣ(@@ノ)ノ

 そして、替菓子器は元代の染付霊獣大皿。

 こちらあとでわざわざ拝見にお回しくださるのでなんだろうとおもったら、もはやその辺りで売られている染付とはレベルが違います。

 

 そして、炉椽。

 家紋チラシなんですが、紋が二種類あります。

 そしてその紋は綾冠さまと献茶をなさった女性がつけてらした家紋。

 お尋ねすると「替紋でございます」とのこと。

 献茶を捧げられた方にもついていたのでそれもお尋ねすると「妹です」と。

 そうだったのですね!なるほど、綾信公がお手づから指導なさるわけです。

 

 茶盌は奥高麗。本歌。

 なんともいえない鳥の子色の柔肌が、しっとりと茶の温かみを伝えてくれつつ、軽い。

 御家流さん家伝の品だそうです。

 

 次茶盌は紅安南。そして替に宗入。

 さすがは大名茶ですね。

 

 蓋置は時代物(大名茶で時代物といったら江戸前期以前)の火舎。御家流さんは穂屋とお書きになるみたいです。

 

 建水は(御家流さんは泪と書かれるようです)、佐波理の時代物。
 

 茶杓は流祖一尾伊織の茶杓が飾られ、使われていたのは松浦宏月公お手削りの贈り筒(やはり贈り筒なんですね)で、歌銘「新しきとしを~」となっていました。いらっしゃれないお詫びにお手削りの茶杓なんて、さすが宏月公ですね。薬研樋が節近くまではっきりと入っていて、とてもいい景色の竹でした。

 

 茶入は古瀬戸大海。

 名物ではないのでしょうが、すこし小振りですが、蓋に窠が入っていて、景色は穏やかなのにしっかりと印象を残す垂れがあり、古高取を思わせる青みがちらほらと見えます。

 

 結界をお尋ねするの忘れたんですが、こちらも大徳寺聚光院庫裡古材。

 小野澤虎洞和尚より先代家元へ献上されたものだそうです。

 

 軸は近衛三藐院懐紙

 「年々に枝をつらねてさかふるは

 老木の松の 根さしならずや」

 

 花入は「漢作」尊式古銅。

 花は西王母。

 

 お飾りで瀬戸広口茶入が螺鈿長盆に載っていました。

 

 その他まだまだお宝が山のようにありますがこの辺りで。