時間も時間だし、これが最後の席かなぁ?と艸蕾庵へ。

 

 こちらは知己であります片岡宗橘先生がいらっしゃるお部屋。

 案内され、正客をすることになりました。

 

 棚は以前見たことがある鎧櫃をもちいた立礼卓。

 これは明治時代に一度作られたものを復元されたものだそうです。

 宮内庁御用達の指物師さんに依頼されたと以前伺いました。

 

 武家茶というのは、千家のように特定の指物師を使っているわけではないそうです。

 

 この鎧櫃の立礼卓を三寸半か五寸ほど低くしたものを使いたいなぁ~と前々から思っていたりします。

 

 そして、不思議な水指。菱馬なんです。四方の菱馬も見たことはありますが、白磁とは違うんですよね。高麗青磁のようなくすんだ青味なんです。

 四方なんですが、蓋が共蓋といっても、なんというか薬籠蓋のようになっているんですよ!

 お尋ねしましたら、なんと!!!

 

 織部好

 

 でした。

 私が狂喜乱舞したことは言うまでもありません(心の中で)。

 しかも、一般的な菱馬の六角形のものは「遠州好」だそうです。

 菱馬にはあと四方の一重口のものがありますが、あれは誰の好みでしょうね?

 

 やや青みがかった肌に呉須で、馬の絵と、蓋に山水が描かれているのに、絵の向きが噛み合っていないという代物w

 きっと古織は「げひゃひゃひゃひゃ~」と笑ったかも(漫画の読みすぎ)

 織部がコレは面白い!と使ったこと請け合いですな~。

 いいなー、あれの写がほしい。

 勿論、お出しいただいていたのは本歌です。御本船で日本に運ばれてきた訳です。

 

 お会記には、

 

明代 染付馬の絵四方盒子形水指 織部の折 慶長の発注にて落とし蓋に非ず 印籠蓋

 

 とありました。
 

 茶器は綾冠さまご成婚の折に、徳川康久さま(徳川慶喜公曾孫)より拝領した中村宗哲作 葵御紋蒔絵。安藤家は譜代であり葵紋は使えなかったのですが、家紋に許されて以来、替紋に葵が使われており、なにかにつけて徳川宗家より葵の下賜物があったようです。

 

 茶杓は松浦宏月公のお父さまであらせらる祥月公の銘『石たたき』。これも確か綾信公の折に贈られたものとか。御家流さんが御留流(藩内の関係者にしか伝授しない)ものだったのを、祥月公が「これからの時代は門戸を開いて伝授していくべきでは?」と綾信公に仰っしゃり、一般に開いた記念に贈られたものだとか。

 

 他の道具も素晴らしかったのですが、あまり長くなりすぎるので、割愛させていただいて……。

 

 感じ入ったことは故事などではない「生きた物語」がそこかしこにあるのが大名茶の底力でしょうか。

 

 現代に置いても贈り贈られ、下賜献上があり、エピソードに事欠かない。

 私も集めるばっかりじゃなくて、交換したり差し上げたりをもっとしていかないとなぁ~と思いました(といってもまだまだ道具が揃ってないので、差し上げられるようになるにはまだあと十年以上は掛かるでしょうが)。

 

 御家流さんのお茶会は学ぶことが多く、寄せさせていただけるのは幸せなことです^^