表千家では定番の「竹台子小に唐銅鳳凰風炉(透木風炉)」という組み合わせは、他流の私からしますととても違和感だらけの組み合わせでした。

 

 村田珠光が真台子の柱を竹に変え、天地の板を桐木地にしたことから生まれ(竹台子大)、利休がこれを炉に用いるのに「風炉の部分を取り去って作らせた」のが竹台子小です。

 

 第一の違和感は炉用の竹台子を風炉に用いているということになっている点です。

 

 

 また、竹台子は、真行草に区分すると「草の真(材質は竹および桐=草×形状は四柱台子=真)」にあたります(流儀によっては違います)。

 唐銅の風炉というのは本来「真」にあたります。

 

 第二の違和感は、真と草を合わせるという点にあります。

 

 格というのは「材質」×「形状」によって分類されますから、例えば唐銅透木風炉である鳳凰風炉は「真の行」になります。ただしこれは「本歌がない場合は」とされています。唐銅風炉であっても、本歌が土風炉(燻風炉)なら、土風炉の扱いであったと考えられます。

 

 土風炉は「行」の格であることは、その誕生からも解ります。透木風炉もその形状の誕生から「行」であり、燻透木風炉は「行の行」という解釈も可能です。

 

 現在の表千家では「唐物ではない唐銅は真として扱わない」という不思議な言い方をしています。

 

 例えば青磁や白磁などは国産品でも真として扱う訳で、これを唐物ではないから真として扱わないとなると、やや不自然な組み合わせが増えてしまいます。唐銅についてのみこれを適応するとすれば、その理由が不明瞭になります。なぜなら同じ金属である銀は国産品でも真の扱いをするからです。


 如心斎好みの唐銅鳳凰風炉は、本歌が秀吉に献上された燻鳳凰風炉と言われておりますので、唐銅の扱いではなく、土風炉の扱いであったと考えられます。つまり、上記の区分でいえば「行の行」。

 

 如心斎の娘が好んだともいわれる唐銅鳳凰風炉は、婚家に持っていったものの、出戻りした際にお蔵入りとなって、長年使われなかったのを惜しんで、竹台子に合わせたということだそうです。この「惜しんで出す」という行為が名残りにふさわしいという「趣向」なのかもしれません。

 

 それにしても、何故、竹台子小を用いたのでしょう?

 ここの謎だけは解けないままです。