Facebookで「許状をどう保管していますか?」という記事が立ちました。

 

 それに対して「捨てました(古紙回収に出した)」というコメントがつきました。

 

 それだけでもビックリなのに「教授なんてお金で取れる」とまで言い出しました。

 

 そのコメントの中には「師匠は大衆化を憂いていた」と書いており、「大衆化したから私は許状を捨てたのよ」と言わんばかり。

 

 でも、それ、間違っていませんか?

 

 許状とは「家元と取り次いでくださった師匠の思いが乗っている」ものではないでしょうか。

 許状は師匠がもう次の稽古に移っても大丈夫。ということで、取らせていただけるものです。

 

 お金を払えば取れるというものでは本来ありません。

 

 お金儲けを目的に弟子にバンバン許状を取らせて、碌に相伝しない……という話も聞いたことがない訳ではありませんが、それは「その人だけが問題」なのであって、それによって得られた許状に問題がある訳ではありません。

 

 正直、許状が「資格」だと思っているからそんなことをするのだと思います。

 許状は「稽古を許された証の書状」です。

 持っていなければその稽古を許されたかどうか誰も確かめようがなくなります。

 つまり、茶人の成長の足跡であり、特に茶人が茶人たる証明です。

 

 それを捨てるということは「自分の成長の足跡を捨てる」=「茶人としての師匠や家元とのつながりを捨てる」ということになりませんでしょうか。

 

 私には未だに信じられません。

 

 あなたは許状、どのようにされていますか?