今年の彩花展は7/12~17で、最初14日に行こうかと思ったのですが、お弟子さんの都合が悪く、15日に行ってまいりました。
あ、うっかり!
何区のなんという先生だったか忘れました(汗)
表千家さんでした。
あとで、栞を見て書き直しておきます。
帰宅して調べました!
豊島区の江面宗珠先生です(^^)
さて、宗靜先生が立礼席から入りたいというので、まずは立礼席へ。
単に空いていたからというのが宗靜先生の理由ですが、正坐をする方からすると三席あれば立礼席は二席目に入りたい感じです。
まぁ、いいでしょう(笑)
相変わらず立礼席というのは正客がどこだかわかりにくいですねぇ。
金曜日に板橋区の野澤宗美先生がお席を持った関係で、宗靜先生は彩花展二回目なので、先日はここが正客だったから!ということで、さっさと坐るように言われまして、まぁ、ほかに譲らないといけないような方もいなそうだったので、坐りました。
お軸は扇面。
代替わりされた而妙斎宗匠の親筆で、清風匝地(せいふうちをめぐる)の四字。
清風匝地は「清風匝地有何極(せいふうそうちなんのきわまりかあらん)」から取られたものであると思われます。碧巌録にある禅語で、「(禅の達人が起こす)清風は余すところなくあらゆる所に吹いて、誰の窓にも、平等に吹き込んでいる。真理は、常にそこにあって、誰に対しても平等に与えられているのだ」という有り難い教えです。
私は而妙斎宗匠が四字を取り出された方の「清らかな風は地をあまねくめぐっている」だけのほうが好きですね♪ 堅苦しくならないようにとの席主の配慮が伝わります。
花入れは座り込んだ形と仰っておられましたが、虫籠の口の大きな花入というとわかりやすいかもしれませんね♪
お花は、あんまり憶えてないんですが、桔梗、九蓋草、硫黄草、河原撫子……でしたっけ?あと何か入っていたような気がしたんですが、忘れました(←相変わらず花に興味がないw)
硫黄草は、正しくはクサレダマ(草連玉)という名前なのですが、漢字で書くとそうでもないのですけど、音にすると響きがあまりよろしくないので、茶花として使うときは硫黄草ということを、調べました。茶花というのはこういう「言い換え」が時々あります。
現在は一般名になった「彼岸花」も、もともとは「死人草(シビトソウ)」ですからね(笑)
香盒は笹絵が書かれた木地の丸い香盒でした^^
釜は朝鮮風炉。
立礼卓のような背の高いものの上には、どっしりとした背の低い朝鮮風炉の方がいいですね。私も早くほしいわ~。
水指は祥瑞の平。茶色い胴締めが全体の色彩を引き締めていて、柿合の天板と磁器の肌がコントラストを作っていてとてもバランスの良い組み合わせ。蓋裏にも呉須絵が描かれているいい品でした^^
茶盌は襲名された大樋当代の襲名前に作られた飴釉。
表千家さんはどうしても黒楽・赤楽が主流になってしまわれますが、立礼だから、堅苦しくなくしたいとの趣向で大樋を選ばれたとか。なるほど、確かに立礼卓ですと赤楽の方が映えますが、ここは水指の方を目立たせたかった訳ですね♪
次客は捻祥瑞の茶盌。これは宗靜先生がお使いに。
大樋の後に磁器というのはやはり立礼席ならではでしょうか^^
茶杓は長谷川寛州禅師のもの。露はぐっと先の尖った剣先。銘は「清流」で、軸が「匝地」する「風」なら、こちらは「地を流れる」「水」という「風水」の陰陽対比。素晴らしいですね。
ずーっと隠れていた建水は首にツボツボのある餌畚。おそらく古銅の浄益のものではないか?とお見受けしましたが違うかもしれません。
そしてここのお席の醍醐味は、「蓋置」。
なんと香立てを見立てて蓋置にされていました。形は「蓮華」。
見事な蓮華の形をした香立てで、これを蓋置にされたセンスに感服いたしました^^
そして、半東をされていた若い男の子が、紐の結び目をきっちり下げておられて、うん!素晴らしい!と。
生真面目な亭主さんは、席主先生からいじられまくっておられましたが、とても和むお茶をいただきました。
立礼席
軸 扇面 清風匝地(有何極)而妙斎筆
花入 坐籠 而妙斎好
香盒 笹絵香盒
釜 朝鮮風炉
水指 祥瑞 胴締平
茶盌 主 大樋 飴釉 当代(年朗)作
次 捻祥瑞茶盌
茶杓 寛州作 銘清流
建水 古銅 ツボツボ餌畚
蓋置 見立て(蓮香立)
菓子器 朝顔