こちらは、師匠が三十年ほど前に、葛飾の菖蒲園にて中村汀女の句碑を建てた記念に茶会を催すよう依頼されて数回した時に「ガラスの水指でやりたかった」のに、手持ちがなく、社中誰に聞いても持っていなかったため、その時は諦め、当時取り引きをしていた道具商のところに気に入ったものがなく、以前付き合いのあった別の道具商まで行って買ってきた物のようです。

 一見して江戸切子でないことは解ります。
 色硝子と無色硝子の境目に暈しがあるからなんですが、薩摩切子のような色硝子の層が厚いことによる暈しではないのです。しかも、江戸切子とは似ても似つかぬもの。

 雰囲気としては霧島に似ますが、切子は普通全体に色味をつけるものであり、市松のようにはあまりしません(手間がかかりすぎて市販するには高くなりすぎるはずです)。

 そこで、道具といえば、菊池商店の宗春先生! 早速お尋ねしました。

 江戸切子は伝統工芸であり、認可のあるものしか江戸切子と箱書できない決まりがあるそうで、確かに箱書には義山切子となっていました。

 そんなことを言ったら、そもそも義山はカットグラスのことをいうので、カットグラスではない硝子製品は「玻璃」と呼ばなければなりません。

 そういう訳でこれはソーダガラスの型抜き製法で作られた物であることが解りました。

 母・宗靜先生と「水指と蓋置があるなら、建水と杓立はなくても花入が同じ意匠で欲しいよね〜」と話していたのですが、残念なことに星野工房さんは廃業されてしまっており、新たしい物を求めることはできないそうです。

 残念ですね。

 そこまでの逸品ではないのですが、母が気にあったこともあり、銘をつけようかと思ったのですが、水指と蓋置と二つあるので一対になるものがいいなぁ〜と思いました。

 最初は「市松」から連想して「福島」と水指につけようかと思ったんですが、それだと蓋置をどうするか?ということになるので、福島正則にちなんで水指を「安芸」か「広島」または「市兵衛」、蓋置を福島正則の弟・正頼(のち高晴)にちなんで「掃部」か「松山」または「助六」というのもありかと思いましたが、素直に「正則」「正頼」と兄弟の名を付けるのがよいのか……はてさて、じっくりと考えますか。