表千家の教本である『凌雲帳』がネットで全文公開されていまして、読み込んでます。
そこに七種蓋置についての面白い記述がありました。
「穗屋(ほや)、一閑人(いつかんじん)、三つ人形(にんぎよう)、蟹(かに)、榮螺(さゞゑ)、五徳(ごとく)、三つ葉(ば)、夜學(やがく)、等を飾り 蓋置と言ふ。
臺子(だいす)、長板(ながいた)用にて其他には用ひざるを可とす。(但し榮螺[さゞゑ]はまゝ小卓[こじよく]に用ふ)又臺子を風爐の茶に 用ひたる時は、飾り蓋置は用ひざるを可とす。
棚には飾り蓋置以外のものを用ひ、竹の蓋置は、運び點前又は小間用にて、逆竹(さかたけ)を用ひ、風爐用は節 にて切り爐用は節の少し下を切て用ふ。
青竹を用ひ、半枯白竹(はんがれしらたけ)等は、物好きに用ふる外は普通には用ひず。但し文字花押(くわをう)等あ るものは別なり。
竹の蓋置は全部を水に濕して用ふ。但し古き品、又は文字あるものは切り口のみを濕すべし。」凌雲帳より抜粋
『凌雲帳』は昭和十六年に小西新右衛門が著し、小西酒造に残された表千家の教本で、当時の表千家の教えが記されています。
ここで面白いのは、飾り蓋置が七種に限定されていないことです。飾り蓋置とされるのは七種だけではなく、夜学が書かれていますが、これ以外に当流では裏七種のうち印、無閑人、井筒を飾リ蓋置とします。
裏七種については、過去記事を読んでいただくとして、私は裏七種とされる印、無閑人、井筒、太鼓、輪、駅鈴、糸巻のうち、特に扱いのない太鼓と糸巻ははずすべきだと思っています。それよりは、斜めに扱う墨台や三宝(他の扱いとは違う)、上下を入れ替える兜(五徳と同じ)、立てて蓋や柄杓を置く小槌(一閑人に似る)などの扱いのあるものを取り上げる方がよいと思います。
横道に反れましたが、こうした飾り蓋置が台子に限られていたというのは、「運び出しをせずに、持ち帰りもしなかった」ことを表していると考えられます。
当流では、「運び出さざるものは持ち帰るべからず」とされ、飾ってあったら飾り残し、運び出したら持ち帰るという、台子や長板と同じ点前の遣り方をしますので、七種蓋置などの飾り蓋置をそのまま棚物で使うようになったのだと思われます。
お流派によっては、建水に仕込んで運び出すそうですが、ちょっと不思議なのは五徳の扱いです。
台子や長板に総飾りで五徳を飾る時に、建水の中に入れる訳ですが、このとき輪を下にして据えるはずですが、運び出すときには爪を下にするのだそうです。
これは奇妙です。
運ぶのと飾るのと仕込み方が違うというのは不自然ではないでしょうか? ある時点から運び出すための規矩をとって付けたような感じがいたします。
「運び出し→飾り残し」だから棚物には用いない……という方が合理的です。
みなさまはどう思われますか?