食事を終えまして、今度は書院とされた山田仙秀先生のお席に。

 廊下があり、毛氈が敷いてありましたので待つ場所はわかりやすいですね^^

 先程ご一緒した裏千家の先生とお弟子さん二人と一緒になりました(二席のお茶会ですからまぁ、当然ですよねw)♪

 待っていますと、やはり?「お正客をお願いします」とのこと。もう、面が割れてますから、遠慮の塊にならぬ内にお引き受けします。

 先程の裏千家の先生から「blogの……」というお話が出まして、お茶会へ行く度に顔見知りが増えていくなぁ~と思いました(お名前聞き忘れましたが(涙))。

 お茶会デビューという男のお弟子さんによろしければ次客にと連客になってもらいました。次客はそれほど大変ではないですが、何事も経験。

 さて、お席はといいますと……書院????という造りです。

 大きな一間半ほどの床、のみ。

 副床や違棚、脇書院は???
 なにやら数寄屋の広間な感じです。

 

 御軸は白隠。

 大きく大黒様?の袋が「の」をもじって描かれています。

 賛は「寝たうちは 神も仏も 乃袋」

 乃の解釈が難しいということですが、仙秀先生は「その袋」か「この袋」ではないかとおっしゃられてました。

 漢字からすると、すなわち・なんじ・の・ダイ・ナイと読みますが、「ずばりと割り切らず、間をおいてつなげる気持ちをあらわすことば」のことです。

 

 乃父(ダイフ)などは「父親が子供に向かって使う第一人称」であり、「乃翁(ダイオウ)」となれば「祖父が孫に向かって使う第一人称」となるそうですが、その辺りも関係するのでしょうか。

 花は「庭から取ってきたものです」といつもの調子でしたが、今回はさらに「3日前に植えたばかりなんですけどね」とグレードアップしておられました(笑)

 香盒は本薩摩。見事な意匠で、流石に書院といわれる席に飾るものとして選ばれた漢字がいたしました。

 棚は隅丸の四方棚。黒漆爪紅に見えたんですが、誰の好みでしょう(・・?
 青漆爪紅なら惺斎好なんですが……而妙斎好みは溜爪紅ですが隅角なので、違います。モヤモヤします(笑)

 水指はひと目見て「古染付」と解りました(敢えてあまり触れませんでしたが)。
 

 そして面白い建水を持って亭主が出てきます。またさらにそこから古材で作られたと思われる(しかも東京に一人しかおられない茶道具の指物師に頼んで作らせたもの)、八角蓋置。見事!

 

 棗は吹雪。星屑のきらめきが帯になって面取のすぐそばを彩っているもの。天には楓か紅葉か……。

 

 そして、出されたのは「雨漏手か?」と思わせるすこし浅めになった高麗茶盌。

 次客は古唐津?と言いたくなる片口。ちゃんと穴が開いてるんですよ。濃茶席でも次茶盌が片口の赤ちゃんのような小さなクビレがありましたが、こちらのは堂々とした片口茶盌。

 炉椽は遠山、釜は大講堂釜。

 あぁ!これが、広口の大講堂釜!

 よ、よだれが(違)

 五徳はみえませんので(席入りも略しましたので)、どんなものだったのか気になります。

 で、建水はといいますと、ロシアの漆工芸品。

 なるほど! 洋風の雰囲気で、薩摩の香盒を使うことでバランスを取っていらしたんですね。

 そして茶杓がなんと「川上不白追筒・常叟作 元節」で金接ぎが施された(節下がささくれたとおもわれます)ものでした。見事な双樋で、真ん中の山がまっすぐ節まで通っています。細身薄造りで、まだ自分の作風が固まる前のものだろうとのことでした。


 不白追筒というのは不自然だとおもっておられたところ、不白の書簡に「江戸で普及させることに大変苦労された先達を思う」というようなものがあり、なるほどと、得心されたそうです。

 

 この当時は表千家・裏千家は仲が悪くはありませんでしたから、不白が江戸千家を興してのち追筒したとしても別段の不思議ではないのでしょうけれど。

 そして水次も素敵でした。

 釜と作者が重なるので~とおっしゃっておられましたが、「見事な品」でした。

 いつもながら、飄飄とされた山田先生の席主ぶりは見事。

 私もああいう翁(おきな)になりたいものです(まだまだ足元にも及びませんが)。

 ご一緒した裏千家の先生のお名前を聞きそびれたのが、残念です^^;