茶の道を禅ばかりとは思ふなよ
仏の道の根柢を知れ 道舜

 当流の遠祖荒木道薫は法華宗の信徒です。同族に利休の師である荒木道陳がいますが、道陳も法華宗でした。

 利休に小壺大事を相伝した辻玄哉も法華宗でした。辻玄哉は後の松尾流の遠祖です。

 江戸に千家を広めた川上不白も法華宗でした。

 法華の道で最も大事にされるのは「行学の二道励み候ふべし」という日蓮の詞です。

 全文を引いてみましょう。

「行学の二道をはげみ候べし。行学たえなば仏法はあるべからず。我もいたし、人をも教化候え。行学は信心よりおこるべく候。力あらば、一文一句なりともかたらせ給うべし」

 これは仏法を根幹とする茶道にても同じことです。行だけでもだめ、学だけでもだめ。行学の二道を共に修めねば茶道は「あるべからず」なのです。この「ある」は「在る」であり、存在しないのと同じということです。

 行は大切です。しかし、その行は学によって支えられた行でなければ茶道ではないのです。また、その学は行によって顕現されなければ茶道ではないのです。

 私は茶禅一味の茶道よりも、茶仏一体の茶道を目指します。