本日は旧暦八月一日。とうとう葉月になりました。
八朔とは八月朔日つまり、旧暦の八月一日のことです。
IMEで「ついたち」と変換すると「一日」のほかに「朔日」というのが出てくるかと思います。ついでに「みそか」と入れると「三十日」のほかに「晦日」が出てきますよ♪
この頃、早稲の穂が実るので、農民の間で初穂を恩人などに贈る風習が古くからあったそうです。
このことから、田の実の節句ともいわれ、この「たのみ」を「頼み」にかけて、武家や公家の間でも、日頃お世話になっている人に、その恩を感謝する意味で贈り物をするようになったといわれます。
中元の風習にも似ていますね^^
ところで、御中元や御歳暮などを「互いに贈り合うもの」と思っている人がいますが、これは勘違いです。「お世話になっている人に贈る」ものであり、相手からは返礼の手紙が関の山で、直接渡した場合はその手紙もないのが普通です。
御中元を贈ったのに、何も贈って来ないのよ……なんて会話をバスの中で聞いていて「このご婦人方は阿呆?」と思ってしまいました。見ず知らずの他人なので、教えて差し上げるのも莫迦らしいと聞き流しましたが、いい歳したご婦人が常識知らずというのは恥ずかしいので、やはり「無知とは罪」ですね^^
八朔には「祇園界隈の芸舞妓が正装でお茶屋や芸事の挨拶回りをする」という風習が京都にあります。
この風習は、室町時代には幕府でも重視された儀式で、特に江戸時代以降は、江戸城への家康入城が八朔であったため、将軍家への出仕をする習わしとなっています。
千家でも、職方や千家十職、宗匠らが正装して家元に挨拶へ行くことになっているそうですが、私はそんな高いところに居りませんので、平々凡々と暢気にしております(笑)
家元に出向かない先生方では、大寄せの茶会を開いたり茶事をなさる方もいらっしゃいます。
もちろん挨拶に伺うのに手ぶらという訳にはいきませんので、手土産を持参いたしましょう♪
八朔に相応しい御軸としては八朔雛の風習がある地域にちなんで「立雛図」などは如何でしょう? これは壱岐や香川県三豊市の旧仁尾町などの風習で、特に旧仁尾町ではひな祭りに雛人形を飾らず、八朔に飾ったそうですよ。仁尾城の落城が旧暦三月三日だったことからそうなったのだとか。壱岐では子供の無事な成長を祈って男女の紙雛を作り、送る風習があったそうです。
一行を飾りたいなら八にちなんで「八風吹不動(はっぷうふけどもどうぜず)」なんて如何でしょうか? 朔日は「新月」ですので、「松間照新月(しょうかんしんげつかがやく)」なども如何?「松間照新月」は正確には三日月の意味らしいですけども。
そして、八朔はハッサクが旬を迎えます。
このハッサクは1886年(明治19年)に名づけられ、八朔の頃から食べられたからと伝えられています。