茶筅をば振るは穂先を動かさず
 軸に触りて軸を振るなり 道舜
 
 茶筅はどういった道具か?と質問しますと、「抹茶を点てる道具」という方がほとんどかと思います。
 
 それって本当でしょうか?
 
 抹茶は「濃茶」と「薄茶」がありますが、その所作をそれぞれ、濃茶は「煉(ね)る」といい、薄茶は「点てる」といいます。
 
 では、どのようにするのか。
 
 茶盌には、基本的見込みに「茶溜(ちゃだま)り」と呼ばれる凹みがあります。見立てられたものにはないこともありますが、茶盌として設計されたものには必ずあります。
 
 ここに穂先をつけて、穂先を動かさないことで茶筅洗いの際、無理な力を掛けずに最もたくさん湯に穂先を浸けることができます。
 
 底が平らですと、穂先を動かして負担を掛けて押し込むようにしないと穂先を濡らすことができません。そこで「茶溜り」が作られているんですね。
 
 そこに抹茶を入れることで、穂先の動きを最小限にして力に拠らず最大限に抹茶を撹拌できるようにしているのが、「穂先を動かさず」の意味です。
 
 茶筅とは利休百首に
 
 茶を振るは手先を振るとおもふなよ
 臂より振れよそれが秘事なり 利休
 
 という歌があるように、手先でどうこうするものではありません。
 
 しかし、穂先を動かすものでもないのです。
 
 何のための茶溜まりなのか。
 
 茶道における形とは自然の不作為を除いて、必然であり合理であり、理由のないものはありません。
 
 茶筅の形すら、そうです。
 なぜその形をしているのか、ただ漫然と教えを受け習うだけではなく、己で考え研鑽し、真実に辿り着くことこそ、大切です。
 
 穂先は、濃茶を煉り終えて、注ぎ湯をし、湯と煉った濃茶を均すために動かしますし、薄茶を点て終えて、泡立てるときには大きく動かします。
 
 この歌は「煉る」「点てる」ときの初期動作です。そして、茶筅洗いの動作でもあります。
 
 終えてからの動きは、茶筅洗いの動作でもあります。
 
 割稽古で、茶筅通しと茶筅洗いをキチンと手に覚えさせるのは、こうした意味があります。